宮川寅雄
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1908年、宮城県仙台市で生まれた。1927年、早稲田第二高等学院に入学。早稲田大学の会津八一の知遇を得た。以降、終生にわたってに師事し、東洋美術史の研究を深めた。1930年、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。在学中から社会運動に参加し、入学翌年の1931年に退学。日本共産党員として反軍国主義活動に参加し、検挙された。1940に出獄。
戦後の1947年、第1回参議院議員通常選挙で北海道から共産党公認として立候補したが落選。1951年に北海道から東京へ戻り、日本近代史研究会、文化史懇談会などの活動に参加した。1956年、日中文化交流協会の創立に参加。1973年より副理事長、1979年に理事長に就いた。
1966年に和光大学が設立されると、同大学人文学部芸術学科教授となり、同学科長となった。日中文化交流協会の活動を通じて、長期にわたり日中友好と日中文化交流活動に関わった。1967年、中国で文化大革命が起こると、中国問題で共産党を除名された。1979年に和光大学を定年退任した。