宮田又鉱山

From Wikipedia, the free encyclopedia

所在地仙北郡協和村荒川(現:大仙市協和荒川牛沢又沢)
都道府県秋田県の旗秋田県
日本の旗 日本
座標北緯39度39分42秒 東経140度24分04秒 / 北緯39.661778445921925度 東経140.40117577085832度 / 39.661778445921925; 140.40117577085832座標: 北緯39度39分42秒 東経140度24分04秒 / 北緯39.661778445921925度 東経140.40117577085832度 / 39.661778445921925; 140.40117577085832
宮田又鉱山
所在地
宮田又鉱山の位置(秋田県内)
宮田又鉱山
宮田又鉱山
所在地仙北郡協和村荒川(現:大仙市協和荒川牛沢又沢)
都道府県秋田県の旗秋田県
日本の旗 日本
座標北緯39度39分42秒 東経140度24分04秒 / 北緯39.661778445921925度 東経140.40117577085832度 / 39.661778445921925; 140.40117577085832座標: 北緯39度39分42秒 東経140度24分04秒 / 北緯39.661778445921925度 東経140.40117577085832度 / 39.661778445921925; 140.40117577085832
生産
産出物
歴史
開山1722年
閉山1965年
所有者
企業横山鉱業部
⇒宮田又鉱山株式会社
⇒帝国鉱山開発株式会社
⇒新鉱山開発株式会社
プロジェクト:地球科学Portal:地球科学

宮田又鉱山(みやたまたこうざん)は、秋田県仙北郡協和村荒川(現・大仙市協和荒川牛沢又沢)に存在した銅山。中小規模の鉱山であったため、他地域の鉱山と比べて、地域社会との共有が図られた理想的な開発がなされた。断層が多く、湧水が沸き易い性質であったため、その採掘は多くの困難を伴った。旧荒川鉱山の北に接し、鍋倉山(530m)の西側を貫く宮田又沢の上流、芦倉沢とその支流、大鍋倉沢の流域に及んでいた。鉱山事務所は奥羽線羽後境駅から約12kmの専用森林鉄道で連絡をしていた。本鉱山の歴史については新旧『秋田県鉱山誌』や進藤孝一の『宮田又鉱山誌』に詳しい[1]

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI