宮脇修
日本の原型師・実業家、株式会社海洋堂の創始者 (1928-2025)
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経歴
1928年(昭和3年)、高知県幡多郡大方町(現・黒潮町)に生まれる。中国大陸に渡り15歳で南満洲鉄道に入社するが、日本の敗戦により18歳で日本へ引き揚げる。その後は30種以上の職を転々とするが、長男の宮脇修一が小学校に入学するのを機に、1964年(昭和39年)、大阪府守口市に模型店「海洋堂」を開業した[1]。
開業当初は敷地面積1坪半という小さな模型屋だったが、斬新な発想と行動力・高度な造形技術を武器に事業を拡大させ、帆船模型ブームや戦車模型ブーム、ガレージキットブーム、フルタ製菓のチョコエッグブーム(食玩ブーム)などを引き起こし、海洋堂を世界的な模型メーカーへと押し上げた。
2005年(平成17年)、第9回文化庁メディア芸術祭功労賞を受賞[2]。
95歳となった2023年(令和5年)現在も海洋堂の企業活動に参画しており、海洋堂フィギュアミュージアム黒壁龍遊館や海洋堂ホビー館四万十・海洋堂かっぱ館・海洋堂ホビーランドの館長を務めている。
また、父親が創建し、自身にも縁のある高知県高岡郡四万十町打井川の馬之助神社[3]に寄進をし、管理を行っている[4]。
2023年(令和5年)11月9日、四万十町打井川に子供や高齢者の遊び場となる「かっぱランド」を創設する構想を掲げ、海洋堂本社と自宅のあった大阪府門真市から四万十町に移住した[5]。
著書
- 『創るモノは夜空にきらめく星の数ほど無限にある 海洋堂物語』(2003年5月20日、講談社) ISBN 978-4062118736
- 『海洋堂の50年を振り返って』(2014年4月18日、海洋堂)