寄口 (古代の戸籍)

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寄口(きこう、よせく、よりく[1]、よりこう[2][3])は、飛鳥時代から奈良時代を経て平安時代まで続いた律令制の中で整備された戸籍計帳において、の筆頭者である戸主との関係性を示した表現のひとつ[1]寄人(きにん[2]、よりゅうど[1])、とも記され、さらに何も記されずに続柄に空白が残される場合もあった[4]。戸主の直系親族、傍系親族のいずれでもなく、また奴婢でもなく、戸主との続柄が明示されないながら、戸籍に入れられた者を指す[2]。個人として寄口と記された者もいれば、家族を成していたと思しき数名がまとめて寄口として扱われていることもあり[2][4]が含まれる例もあった[5]。また、寄口とされる家族の筆頭者を指して寄人とする用語法もある[6]

寄口の社会的な位置付けについては、諸説があり、戸主とはが異なる「異姓寄口」の存在に注目して、奴婢とは別の、ある種の奴隷制に準じる制度であったと考える立場もあれば、戸籍編成上の擬制的性格のものと考えて、そのような見方を否定する立場もあり[4][7]、さらには、父系中心の続柄の記載では表現しきれない女系親族であり,戸主に準じた立場であったとする見方などもあって、見解が分かれている[5][8]

参考文献

関連項目

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