富田氏紹
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寛永3年(1626年)に宮川有定の子として誕生。会津蘆名氏の家臣であった会津富田氏の富田氏繁の養子となる[1]。
万治3年(1660年)に藩後継の亀千代(4代藩主伊達綱村)の守役に選出され、江戸屋敷で教育に当たった。
寛文11年(1671年)からの伊達騒動の最中でも一貫して亀千代を支え続け、延宝3年(1675年)に藩に入ると奉行職を経て家老に就任した。
綱村の政務に貢献し、桃生郡小野本郷に2000石を与えられている[2]。そして今までの功績から永代着座二番座の家格を与えられている。
晩年は安軒と号した。
子の紹実以降、実樹・篤実・実継・実保・実行・実文と続き、幕末には実保の息子・富田小五郎[3]が仙台軍・大隊長として戊辰戦争を戦い、その弟・富田鐵之助は明治時代に実業家として活躍する。