封州 (広東省) From Wikipedia, the free encyclopedia 封州(ほうしゅう)は、中国にかつて存在した州。隋代から明初にかけて、現在の広東省肇慶市一帯に設置された。 魏晋南北朝時代 523年(普通4年)、南朝梁により広州を分割して立てられた成州を前身とする[1]。 隋代 589年(開皇9年)、隋が南朝陳を滅ぼすと、成州の属郡である梁信郡と蒼梧郡が廃止された。成州は封州と改称された。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、封州は蒼梧郡と改められ、下部に4県を管轄した[2]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州成州湘州広州郡蒼梧郡 郡梁信郡蒼梧郡臨賀郡晋康郡県封川県 蒼梧県封陽県 都城県 県梁信県封興県広信県寧新県封陽県都城県晋化県威城県 閉じる 唐代 621年(武徳4年)、唐が蕭銑を滅ぼすと、隋の蒼梧郡封川県の地に封州が置かれた。742年(天宝元年)、封州は臨封郡と改称された。758年(乾元元年)、臨封郡は封州の称にもどされた。封州は嶺南道に属し、封川・開建の2県を管轄した[3]。 宋代 宋のとき、封州は広南東路に属し、封川・開建の2県を管轄した。1137年(紹興7年)、封州は廃止され、属県の封川・開建の2県は徳慶府に編入された。1140年(紹興10年)、再び封州が置かれた[4]。 元代以降 1279年(至元16年)、元により封州は封州路総管府と改められた。後に封州路は封州の称にもどされた。封州は江西等処行中書省に属し、封川・開建の2県を管轄した[5]。 1369年(洪武2年)、明により封州は廃止され、属県の封川・開建の2県は徳慶州に編入された[6]。 脚注 [1]『梁書』武帝紀下 [2]『隋書』地理志下 [3]『旧唐書』地理志四 [4]『宋史』地理志六 [5]『元史』地理志五 [6]『明史』地理志六 Related Articles