封敖
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北斉の尚書左丞の封孝琰の弟の封孝璋の末裔にあたる。元和10年(815年)、進士に及第し、節度使の補佐役を歴任した。大和年間、入朝して右拾遺となった。会昌元年(841年)、左司員外郎・知制誥となり、翰林学士をつとめた。中書舎人に任じられた。李徳裕に礼遇され、御史中丞をつとめ、工部侍郎となった[1][2]。
会昌6年(846年)、宣宗が即位すると、封敖は礼部侍郎に任じられた。大中2年(848年)、貢挙をつかさどり、多くの文士を抜擢した。吏部侍郎に転じ、渤海県男に封じられた。大中3年(849年)、興元尹・御史大夫・山南西道節度使として出向し、左散騎常侍を加えられた。大中11年(857年)、太常寺卿に任じられた。咸通2年(861年)、淄青節度使として出向した。入朝して戸部尚書となり、死去した[3][2]。