封舜卿

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封 舜卿(ほう しゅんけい、生没年不詳)は、末から五代十国時代にかけての官僚は賛聖[1]本貫冀州蓨県

天復4年(904年)、昭宗洛陽に遷都すると、舜卿は中書舎人となった[2]哀帝のとき、戸部郎中知制誥をつとめた[3]後梁に仕えて、礼部侍郎となり、知貢挙をつとめた[4]開平3年(909年)、盧龍軍節度使の劉守光に対する使節をつとめ、門生の鄭致雍を率いて赴いた。帰朝すると、鄭致雍とともに翰林学士となった。舜卿は文才があったが、鄭致雍の才能が上回っており、文筆を鄭致雍に任せていた[2]。のちに太子賓客となった。後唐同光2年(924年)、太子少保として致仕した[5]。のちに死去した。長興元年(930年)、太子少傅の位を追贈された[6]

家族

  • 父:封敖
  • 兄:封望卿(字は子践)
  • 兄:封彦卿(字は峙元)
  • 兄:封挺卿(字は慎独)[7]
  • 弟:封煦卿(字は愛之)[1]
  • 弟:封翰卿
  • 弟:封茂卿
  • 弟:封冠卿
  • 弟:封穉卿
  • 甥:封翹(字は希叟、封彦卿の子、後唐の給事中)[2]

脚注

伝記資料

参考文献

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