天復4年(904年)、昭宗が洛陽に遷都すると、舜卿は中書舎人となった。哀帝のとき、戸部郎中・知制誥をつとめた。後梁に仕えて、礼部侍郎となり、知貢挙をつとめた。開平3年(909年)、盧龍軍節度使の劉守光に対する使節をつとめ、門生の鄭致雍を率いて赴いた。帰朝すると、鄭致雍とともに翰林学士となった。舜卿は文才があったが、鄭致雍の才能が上回っており、文筆を鄭致雍に任せていた。のちに太子賓客となった。後唐の同光2年(924年)、太子少保として致仕した。のちに死去した。長興元年(930年)、太子少傅の位を追贈された。