尊道入道親王
南北朝から室町時代にかけての親王
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略歴
人物
- 当代随一の貴僧であり、公武の祈祷に尽力した。足利義詮以降、室町幕府との関係が強く、特に足利義満には気に入られ、度々義満のために祈祷を修した[10]。応永6年には、義満が建立した相国寺塔供養の導師を務めている[3]。
- 歌道と書道に秀でた[3]。
- 話が面白く、酒にもめっぽう強かったという[11]。尊道には、このような逸話が残っている。応永9年、尊道は再建された内裏で安鎮法を修したが、その際連日雨が降った。義満は正鎮法の際も雨が降るだろうと冷やかし、実際に正鎮法の日も雨が降った。義満は再度冷やかすため尊道のもとに使者を遣わしたが、尊道は「降雨で結構。秘密の法文がありますゆえ」と答える。それは何でしょうかと使者が尋ねると、おもむろに「雨フリテ地固マル」と答えたという[11][12]。