小倉カンツリー倶楽部

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所在地 日本の旗 日本
福岡県北九州市小倉南区西貫二丁目1番1号
開業 1961年昭和36年)10月1日
運営 メンバーシップコース
設計 上田 治
小倉カンツリー倶楽部
Kokura Country Club
小倉カンツリー倶楽部
小倉カンツリー倶楽部の空中写真。
2009年4月29日撮影の6枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。
所在地 日本の旗 日本
福岡県北九州市小倉南区西貫二丁目1番1号
座標: 北緯33度49分5.24秒 東経130度55分20.35秒 / 北緯33.8181222度 東経130.9223194度 / 33.8181222; 130.9223194
概要
開業 1961年昭和36年)10月1日
運営 メンバーシップコース
設計 上田 治
運営者 株式会社小倉カンツリー倶楽部
コース

OUT IN
HOLEPARYARDHOLEPARYARD
1 4388 1 4363
2 3217 2 4436
3 5487 3 4340
4 4388 4 4353
5 4400 5 3180
6 4466 6 5558
7 5506 7 3233
8 4407 8 4393
9 3198 9 4424
363457 353280

その他
公式サイト 小倉カンツリー倶楽部
テンプレートを表示

小倉カンツリー倶楽部(こくらカンツリーくらぶ)は、 福岡県北九州市小倉南区にあるゴルフ場である。

北九州市に初めてゴルフ場が出来たのは、1934年昭和9年)、外国航路の門司に開場した「門司ゴルフ倶楽部」(1934年(昭和9年)開場、設計・上田治)である[1]。その建設のきっかけになったのが、門司港に着いた外国船の船員が門司を素通りして小倉競馬場内の小さなゴルフ場「北方リンクス」に行くことであった。それを見て「口惜しい」とゴルフ場を造ったのが動機だった[1]

1956年(昭和31年)、「下関ゴルフ倶楽部」(1956年(昭和31年)開場、設計・上田治)が開場し、1959年(昭和34年)、「若松ゴルフ倶楽部」(1959年(昭和34年)開場、設計・上田治)が続いて開場され、小倉にもゴルフ場が必要との声が徐々に高まっていった[1]

ゴルフ場建設には巨額の資金が必要である、誰を担げばよいか考え抜いたのが筑豊炭田田川の炭鉱王・上田清次郎だった[1]。上田は「田川の方で相当財を築いたのだから、北九州の方でも少しぐらい奉仕されても良いだろう」と話しを持ち込んだ[1]。上田はゴルフを行わなかったが、資金調達に財界金融界に働きかけ、不足分は私財を投じて「ここでやめたら北九州人に申し訳ない」といった[1]

ゴルフ場の用地は、宇佐八幡社領で貫の庄といわれた旧小倉市曽根地区の南部貫山麓の26万坪で、山と谷ばかりの山地だった[1]。コース設計は、その当時、北九州のゴルフ場は、「古賀ゴルフ・クラブ」(1926年大正15年)開場、設計・上田治)、「門司ゴルフ倶楽部」、「下関ゴルフ倶楽部」、「若松ゴルフ倶楽部」と殆どのゴルフ場が上田治の設計だったことから、上田治に依頼した[1]1960年(昭和35年)1月、ゴルフ場の造成工事が着工され、翌1961年(昭和36年)5月、コースが完成、同年10月1日、開場された[1]

所在地

〒800-0243 福岡県北九州市小倉南区西貫二丁目1番1号

コース情報

  • 開場日 - 1961年10月1日
  • 設計者 - 上田 治
  • 面積 - 820,000m2(24.8万坪)
  • コースタイプ - 丘陵コース
  • コース - 18ホールズ、パー71、6,737ヤード、コースレート72.7
  • フェアウェー - コウライ
  • ラフ - ノシバ
  • グリーン - グリーン、ベント
  • ラウンドスタイル - 全組キャディ付、歩いてのラウンド、1組4人が原則だが状況によりツーサム可
  • 練習場 - 16打席200ヤード
  • 休場日 - 毎週月曜日、12月31日、1月1日[2][3]

クラブ情報

ギャラリー

交通アクセス

脚注

関連文献

関連項目

外部リンク

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