小刀根トンネル
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明治政府は近代化を急ぐ中、鉄道路線の計画に着手し、東京 - 横浜、京都 - 神戸、敦賀 - 米原の方針を立て、敦賀 - 長浜区間が1880年(明治13年)に着工した[3][4]。この区間のトンネルは、曽々木・刀根・小刀根・柳ヶ瀬の4箇所であったが、1964年(昭和39年)の廃線後には車道に転用され[4]、2016年(平成28年)現在、曽々木トンネルは開削されて消滅[5]、刀根トンネルは拡張工事で新しく造り替えられ[4][5]、また柳ヶ瀬トンネルも部分的に改修を受け[3]、当時の姿を完全には留めていない。この中で、小刀根トンネルのみが手付かずで残っている[2][5]。日本人技術者による鉄道トンネルとしては、逢坂山トンネルに次ぐ古さであり[3][2]、当時のまま現存するトンネルとしては国内最古のものである。蒸気機関車のD51は、このトンネルのサイズに合わせて造られたとも言われている[1]。1996年(平成8年)には敦賀市指定有形文化財となり[2]、2014年(平成26年)には土木学会の選奨土木遺産に選定されている[6]。現在は、県道から外れた脇道となっており、内部を徒歩で通行して見学することが可能である。
遺構
小刀根トンネルは、総高6.2m・全幅16.7m・総延長56m[3]と小規模であるが、当時の建築技術が随所に窺える。トンネルの形は馬蹄型のレンガ積みであり[3]、入口上部の要石には「明治十四年」の文字が刻まれている[4]。内部は下半分が石積み造りで上半分はレンガ積みとなっており[5]、レンガの積み方には、イギリス積み、長手積みがみられる。中央部に待避所が設けられており、また一部が掘削されたままの岩盤が露出した状態となっている[3]。
なお、トンネル西側の笙の川に架かっている小さな橋も鉄道遺構であり[5][7]、橋台部には石組みが見られ、現在の路盤の下部に当時の鉄橋である桁橋(ガーダー橋)がそのまま残っている。
年表
- 1869年(明治2年) - 日本初の鉄道建設計画が決定[4]。
- 1871年(明治4年) - 日本初の石屋川トンネル完成(設計はイギリス人による)[2]
- 1872年(明治5年) - 新橋 - 横浜間が開通[4]。
- 1877年(明治10年) - 京都 - 大阪間が開通[4]。
- 1880年(明治13年) - 日本人の設計としては日本初の逢坂山トンネル完成[2]。敦賀線の着工[4]。
- 1881年(明治14年) - 曽々木・刀根・小刀根トンネルが竣工[3]。
- 1884年(明治17年) - 柳ヶ瀬トンネルが竣工し、長浜 - 敦賀間が開通[4]。
- 1909年(明治42年) - 米原 - 直江津間の名称が北陸本線となる[8]。
- 1957年(昭和32年) - 深坂トンネルが開通し、木ノ本 - 敦賀間が柳ヶ瀬線となる[4]。
- 1964年(昭和39年) - 柳ヶ瀬線が廃線となり、自動車道路に転用。
- 1996年(平成8年) - 小刀根トンネルが敦賀市指定有形文化財に指定[2]。
- 2014年(平成26年) - 小刀根トンネルが土木学会選奨土木遺産に選定[6]。
アクセス
- 最寄りの駅のJR新疋田駅からは約5km。
- JR敦賀駅よりバス(愛発線)乗車、「宮前橋」下車、徒歩10分。
