新疋田駅
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| 新疋田駅 | |
|---|---|
|
駅舎(2020年5月) | |
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しんひきだ Shin-Hikida | |
![]() | |
| 所在地 | 福井県敦賀市疋田70-8 |
| 駅番号 |
|
| 所属事業者 | 西日本旅客鉄道(JR西日本) |
| 所属路線 | |
| キロ程 | 6.7 km(敦賀起点) |
| 電報略号 | ヒタ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
23人/日(降車客含まず) -2024年- |
| 開業年月日 | 1957年(昭和32年)10月1日[1][2] |
| 備考 | 無人駅 |
新疋田駅(しんひきだえき)は、福井県敦賀市疋田にある[2]、西日本旅客鉄道(JR西日本)北陸本線の駅である。
ハピラインふくい線誕生前(北陸本線が福井県内を縦断していた時期)から、北陸本線における県内最南端の駅であった。現在、県内にある同線の駅は当駅と敦賀駅の2駅のみである。
年表
- 1957年(昭和32年)10月1日:日本国有鉄道北陸本線の木ノ本駅 - 敦賀駅間経路変更に伴い開業する(一般駅)[1][2]。
- 駅建設の際、予定地内に桃の木30本を持つ地主が立木1本あたり5万円を要求。交渉がまとまらず、一時は開業が危ぶまれていた[3]。
- 1960年(昭和35年)8月1日:貨物の取り扱いを廃止し、旅客駅となる[4]。
- 1963年(昭和38年)10月1日:衣掛隧道ループ線の開通に伴い鳩原信号場を廃止し、ループ線を上り線に、旧鳩原信号場廻りを下り線専用とすることで複線化する。
- 1966年(昭和41年)11月30日:沓掛信号場から当駅までが複線化されるとともに、同信号場を廃止する。
- 1971年(昭和46年)3月25日:荷物の取り扱いを廃止する[5]。駅員無配置駅となる[6]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化により、西日本旅客鉄道(JR西日本)の駅となる[4]。
- 2004年(平成16年)12月:ホームに旅客上屋が設置される[7]。
- 2006年(平成18年)
- 2018年(平成30年)
- 2023年(令和5年)4月7日:駅舎内のギャラリーコーナーを一部改装し、「鉄道ギャラリー愛発(あらち)」としてリニューアルオープンした[16][17][18]。
- 旧駅舎(2006年3月)
- 仮駅舎(2006年8月)
駅名の由来
駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅である[2]。上り本線はホームに接していない中央の1線で、通過列車が使用する[1][2]。停車する列車はホームに接する待避線(運転上は上り1番線)を使用する。
当駅から敦賀方面は金沢支社敦賀地域鉄道部の所管となっており、隣の近江塩津駅から先は近畿統括本部所管に変わる。なお、境界標は近江塩津駅の第1場内信号機付近に設置されている。
敦賀地域鉄道部が管理する無人駅である。駅舎は下りホーム(1番のりば)にあり、上りホーム(2番のりば)へは構内踏切を利用する[2]。窓口営業が廃止された後も永らく運転管理の駅員が配置されていたが、後にその要員も無配置となった。なお、当駅には自動券売機は設置されていない。
駅舎は、ハンドカットのログハウスの平屋建てで、内部には鉄道写真を飾るギャラリー[2][8][19]や多目的トイレ、待合スペースなどがある。北陸本線の長浜駅 - 敦賀駅間などの電源方式変更(直流化)に伴い、敦賀駅まで延伸される新快速が新たに停車することとなったことに合わせて総工費7,200万円で駅舎が改築され、2006年(平成18年)[19]10月11日に供用を開始した。また、改築と同時にパークアンドライド用の駐車場が整備された。ギャラリーは2023年(令和5年)4月7日に鉄道ギャラリー愛発(あらち)としてリニューアルオープンし、同施設にはディスプレイや当施設を模した方向幕が新設された[16][17][18]。展示作品の一部はこれを用いてデジタル化したものを公開している[16][17][18]。なお、リニューアルに要した事業費は約102万円であった[17]。
直流化に伴い、駅構内に新疋田変電所が新設された。新疋田変電所は電力会社からの受電を1回線のみとし、リチウムイオン電池を用いた補完装置を設置しているので、電力が途絶えても蓄電池での送電が行える。
のりば
| のりば | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 下り | 敦賀方面[20] | ||
| 2 | 上り | 近江塩津・長浜・米原方面[20] | 日中は | |
| 近江塩津・近江今津・京都方面[20] |
- 付記事項
- 長らくのりば番号は設定されていなかったが、ICOCAの導入までに制定されている。
- 当駅は近畿エリアの路線記号の適用対象であるが、金沢支社管内に含まれているため、2019年3月16日改正時点で路線記号が使用されているのは駅ナンバリングに関わる個所のみである(他支社のように駅掲示時刻表に記載することはしていない)。
- 長編成の列車発着があったためにホームは長いが、電車用ホームを想定した設計の車両(223系や521系)に対応したかさ上げは4両分のみである。
- 駅舎内に設けられたギャラリースペース(2020年5月、改装工事前)
- ホーム(2007年8月、構内踏切から)
利用状況
「福井県統計年鑑[統計 1]」によると、2024年度の1日平均乗車人員は23人[統計 2]であった。JR西日本の移動等円滑化取組報告書によれば、2024年度の1日当たりの利用者数は46人[統計 3]。北陸本線の駅では最も少なく、JR西日本の新快速停車駅でも最少である。1987年(昭和62年)度以降の1日平均乗車人員は以下のとおりである。
当駅は鉄道撮影スポットとして有名であるが、列車を介して当駅を利用する客の数は伸び悩んでいる。
| 1日平均乗車人員推移(国鉄分割民営化後) | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | 定期外 | 定期 | 合計 | 出典 |
| 1987年(昭和62年) | 10 | 16 | 26 | [統計 4] |
| 1988年(昭和63年) | 11 | 13 | 24 | [統計 5] |
| 1989年(平成元年) | 11 | 12 | 23 | [統計 6] |
| 1990年(平成2年) | 15 | 11 | 26 | [統計 7] |
| 1991年(平成3年) | 11 | 14 | 25 | [統計 8] |
| 1992年(平成4年) | 8 | 18 | 26 | [統計 9] |
| 1993年(平成5年) | 11 | 12 | 23 | [統計 10] |
| 1994年(平成6年) | 11 | 10 | 21 | [統計 11] |
| 1995年(平成7年) | 15 | 14 | 29 | [統計 12] |
| 1996年(平成8年) | 11 | 21 | 32 | [統計 13] |
| 1997年(平成9年) | 11 | 22 | 33 | [統計 14] |
| 1998年(平成10年) | 10 | 21 | 31 | [統計 15] |
| 1999年(平成11年) | 11 | 24 | 35 | [統計 16] |
| 2000年(平成12年) | 3 | 21 | 24 | [統計 17] |
| 2001年(平成13年) | 3 | 21 | 24 | [統計 18] |
| 2002年(平成14年) | 2 | 18 | 20 | [統計 19] |
| 2003年(平成15年) | 2 | 18 | 20 | [注釈 1] |
| 2004年(平成16年) | 2 | 15 | 17 | |
| 2005年(平成17年) | 2 | 12 | 14 | |
| 2006年(平成18年) | 3 | 10 | 13 | |
| 2007年(平成19年) | 5 | 12 | 17 | |
| 2008年(平成20年) | 5 | 16 | 21 | |
| 2009年(平成21年) | 17 | 10 | 27 | |
| 2010年(平成22年) | 15 | 15 | 30 | |
| 2011年(平成23年) | 15 | 16 | 31 | |
| 2012年(平成24年) | 15 | 12 | 27 | |
| 2013年(平成25年) | 16 | 9 | 25 | |
| 2014年(平成26年) | 16 | 9 | 25 | |
| 2015年(平成27年) | 15 | 8 | 23 | [統計 20] |
| 2016年(平成28年) | 14 | 9 | 23 | [統計 21] |
| 2017年(平成29年) | 14 | 10 | 24 | [統計 22] |
| 2018年(平成30年) | 15 | 11 | 26 | [統計 23] |
| 2019年(令和元年) | 16 | 9 | 25 | [注釈 2] |
| 2020年(令和2年) | 7 | 8 | 15 | |
| 2021年(令和3年) | 7 | 7 | 14 | |
| 2022年(令和4年) | 10 | 6 | 16 | |
| 2023年(令和5年) | 14 | 10 | 24 | |
| 2024年(令和6年) | 17 | 6 | 23 | |
駅周辺
バス路線
駅舎の前に「新疋田駅(追分)」停留所があり、敦賀市コミュニティバスの愛発線(新道野 - 敦賀駅)が乗り入れるが、同停留所を発着する便はすべてデマンドバスとして運行する[23]。
駅名改称の議論・協議
新疋田駅を「愛発駅」(あらちえき)へ改称することを求める議論があり[注釈 4][19]、2005年(平成17年)に敦賀市議会で取り上げられたほか、2017年(平成29年)には地元の区長会から嘆願書と署名簿が敦賀市長に手渡され[24]、敦賀市は西日本旅客鉄道金沢支社に要望することとした[25]。
その後、2023年(令和5年)4月7日にリニューアルオープンした「鉄道ギャラリー愛発(あらち)」には485系や489系など、国鉄(現・JR)の特急形車両で採用した方向幕を模したものが新設されたが、この幕の行き先となる駅名にも「愛発」が使われた[16][17][18]。
しかし、駅名の改称に関する議論および協議は長年にわたって並行線をたどっており、北陸新幹線が敦賀駅に延伸した2024年(令和6年)3月16日時点でも結論は出ていない。
登場する作品
- 『報道スペシャル列島全中継 国鉄最後の夜』(1987年3月31日 - 4月1日放送、TBS)
「駅というのは、ノスタルジーを駆り立てられる人恋しさのたまらなく濃い場所であり、だけど、決して立ち止まることなく通り過ぎていく場所なんです。」 — 岸惠子、『報道スペシャル列島全中継 国鉄最後の夜』(TBS)内、VTR(映画『約束』の舞台を岸が訪ねるコーナー)より

