小原正行
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大分県立臼杵商業高等学校では、全国高等学校野球選手権に出場することができなかったが、地方大会でノーヒットノーランを記録するなど素材が高く評価された。
1980年のドラフト会議の3巡目で日本ハムファイターズ、阪神タイガース、読売ジャイアンツ、中日ドラゴンズの4球団の指名が競合。抽選により巨人が交渉権を獲得し、入団した。巨人では原辰徳、駒田徳広に続く指名だった。4球団競合はこの年のドラフトでは1巡目の原と並ぶ最多競合数だった[1]。
ドラフト後の読売新聞(PR版臨時特集)では「九州一の速球王」「第二の稲尾和久」と紹介された。