小国町図書室
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「たてとよこの構造」が設置された図書室内 | |
| 施設情報 | |
| 事業主体 | 小国町 |
| 管理運営 | 小国町 |
| 開館 | 2009年12月16日 |
| 所在地 |
〒869-2501 熊本県阿蘇郡小国町宮原1590 あみだ杉の館 |
| 位置 | 北緯33度07分13.9秒 東経131度04分11.2秒 / 北緯33.120528度 東経131.069778度座標: 北緯33度07分13.9秒 東経131度04分11.2秒 / 北緯33.120528度 東経131.069778度 |
| 統計情報 | |
| 蔵書数 | 16,405冊(2019年度末[1]時点) |
| 貸出数 | 11,780冊(2019年度[1]) |
| 来館者数 | 6,541人(2019年度[1]) |
| 公式サイト | 小国町図書室 |
| プロジェクト:GLAM - プロジェクト:図書館 | |
小国町図書室(おぐにちょうとしょしつ)は、熊本県阿蘇郡小国町宮原1590 あみだ杉の館にある図書室。小国町図書館(おぐにちょうとしょかん)と呼ばれることもある。図書館法における公共図書館ではない。
建物の歴史
1893年(明治26年)5月、阿蘇郡北小国村大字宮原上町に(旧)小国銀行が設立され、1898年(明治31年)には阿蘇郡高森町に南郷銀行が設立された[2]。1931年6月1日には(旧)小国銀行と南郷銀行が合併して解散し、新たに(新)小国銀行が発足した[2]。
農林業や畜産業を主体とするこの地域で着実に基礎を固め、小国銀行は1934年(昭和9年)8月に新社屋の建設に取り掛かった[2]。1935年(昭和10年)6月には[2]鉄筋コンクリート造の洋風建築である小国銀行本店が竣工し、面する通りは小国銀座街と呼ばれて栄えた。
小国銀行は預金量の多さで熊本県における有力銀行とされたが、2年後の1937年(昭和12年)12月1日には一県一行主義の国策によって、小国銀行、八代市の井芹銀行、八代市の八代共立銀行の3行が肥後銀行に合併され[3]、小国銀行本店の建物は肥後銀行小国支店となった。
あみだ杉の館
| あみだ杉の館 (旧小国銀行本店) | |
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| 情報 | |
| 設計者 | 不詳 |
| 構造形式 | 鉄筋コンクリート造 |
| 階数 | 2階建[4] |
| 着工 | 1934年8月 |
| 竣工 | 1935年6月 |
| 所在地 | 熊本県阿蘇郡小国町宮原1590 |
| 文化財 | 文化財指定/登録なし |
2000年(昭和12年)には小国町役場跡地に肥後銀行小国支店が移転し、近代建築の旧支店を小国町が買収すると、建物を転用してあみだ杉の館(小国町交流多目的施設)が開館した。
小国町黒渕には樹齢1300年以上とされる「阿弥陀スギ」がある[5]。1902年(明治35年)には所有者が変わったことで伐採が検討されたが、北小国村と南小国村の有志が名木の伐採を憂慮し、土地を含めて買収して保存されることとなった[6]。1934年(昭和9年)12月28日には国の天然記念物に指定された[7]。
1999年(平成11年)9月24日に熊本県に上陸した平成11年台風第18号によって、阿弥陀スギは樹幹の3分の2が倒木する被害を受けた[8]。小国町は倒木部分で複数のモニュメントを製作することを決定し、彫刻家の豊福知徳が小国町に滞在してモニュメントを製作した[9]。
豊福は長さ5メートル×直径2メートルに及ぶ巨大な枝2本を用い、2003年(平成15年)3月に「たてとよこの構造」と「上に向かう構造03」が完成した[9]。あみだ杉の館のホール中央部に「たてとよこの構造」が設置され、小国町黒渕の坂本善三美術館に「上に向かう構造03」が設置されている[9]。
- 小国町黒渕にある阿弥陀スギ
図書室の歴史

1916年(大正5年)には北小国村域出身の生化学者である北里柴三郎によって、北小国村北里に私立図書館の北里文庫が設立された。北里文庫は熊本県で2番目に蔵書数の多かった図書館とされる。
2009年(平成21年)12月16日、小国町図書室があみだ杉の館の建物内に移転した[1]。2023年(令和5年)4月1日、休館日が日曜から月曜に変更された[10]。
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