福岡県大牟田市生まれ[1]。旧制福岡県立八幡中学校卒[1]。火野葦平の秘書を務め、のち『週刊文春』のルポライターを経て作家となる[1]。1951年「朝鮮海峡」で新潮社文学賞佳作、1959年「基地」で芥川賞候補[1]、1960年「自分の中の他人」で直木賞候補。『密告―昭和俳句弾圧事件』(ダイヤモンド社、1979年)では西東三鬼を特高のスパイと断定し、三鬼の遺族から版元ともども名誉毀損で民事提訴され、1983年に敗訴した。
戦記、昭和史、近代史実録もの、官能小説、また政界・実業界実録ものなど、週刊誌記者出身らしい作風で知られた。