小寺就信 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 江戸時代前期生誕 不詳死没 不詳別名 通称:又十郎→半兵衛尉[1] 凡例小寺 就信時代 江戸時代前期生誕 不詳死没 不詳別名 通称:又十郎→半兵衛尉[1]主君 毛利秀就藩 長州藩氏族 小寺氏父母 父:小寺元茂テンプレートを表示 小寺 就信(こでら なりのぶ)は、江戸時代前期の武士。毛利氏の家臣で長州藩士。曽祖父は小寺元武、祖父は小寺元賢。父は小寺元茂。 毛利氏家臣・小寺元茂の子として生まれる。 慶長17年(1612年)1月11日、毛利秀就の加冠状を受けて元服し、「就」の偏諱を与えられて「就信」と名乗る[1][2]。 就信の没年は不明だが早世したため、内藤就正の三男で元茂の養子となった小寺就茂が元茂の後継となった[1]。 脚注 注釈 出典 1 2 3 『閥閲録』巻46「小寺忠右衛門」家譜。 ↑ 『閥閲録』巻46「小寺忠右衛門」第61号、慶長17年(1612年)1月11日付け、小寺又十郎(就信)との宛て、毛利秀就加冠状。 参考文献 山口県文書館編『萩藩閥閲録』巻46「小寺忠右衛門」 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。表示編集 Related Articles