小山恒三
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長野県小諸実業高等学校から東京鉄道管理局を経て、1952年に国鉄スワローズに入団。同年10月10日の対松竹ロビンス戦(西京極球場)に先発投手として一軍公式戦へのデビューを果たすと、完封で初勝利を挙げた[2][2]。「スワローズの新人投手による一軍公式戦初登板での先発完封勝利」は球団史上初の快挙だが、小山に続く達成者は、東京ヤクルトスワローズ時代の2024年5月15日に松本健吾(トヨタ自動車出身の右投手)が対広島東洋カープ戦(松山坊っちゃんスタジアム)で記録するまで72年間現れなかった[3]。
カーブやドロップなどの変化球を駆使していたものの、プロ野球投手としての実働年数はわずか2年で、1953年に現役を引退。一軍公式戦での白星も、初登板での1勝だけにとどまった。
詳細情報
参考文献
- 日本野球機構 『日本プロ野球記録大百科 2004』 ベースボールマガジン社、1800頁。