小峯隆生
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5歳まで兵庫に居たが、それ以後は東京都在住。大学生時代はシェイクスピア劇研究会に在籍[5]。大学卒業後は外資系企業にてコンピュータのセールスマンを務めていたが[5]、辞職後は東京・新宿の飲食店にてバーテンダーなどのアルバイトをしていた[5]。その後、野坂昭如に出会って「何かやれ」と言われたことがきっかけで[5]、1983年より雑誌『週刊プレイボーイ』(集英社)のフリー編集者となり、名物編集者として知られていく[5]。
1984年、第8回日本パロディ展にてパフォーマンス部門に応募し、「外国人のための日本語リンガフォン」で入選。これがきっかけで1985年4月より、ニッポン放送『オールナイトニッポン』水曜1部のパーソナリティを務めたことから、広く知られるようになる(1986年3月まで担当)。また、1987年10月には同じく『オールナイトニッポン』水曜2部のパーソナリティに復帰した(1988年9月まで担当)ことから、同番組においては異例の「1部から2部への返り咲き」を果たし、昭和期では唯一の例だった(2021年現在1部から2部相当への降格後も続行したのは、小峯のほかには平成後期のアルコ&ピース/三四郎の3例のみ[6])。この頃、テレビ局の楽屋にて宅八郎と口論したことがきっかけで、宅が小峯の自宅に嫌がらせを繰り返したとして民事裁判を起こしている。宅の復讐路線のきっかけでもある。
『週刊プレイボーイ』との契約を解除された後、夕刊紙『日刊アスカ』(飛鳥新社)の創刊に参加するも、同紙の廃刊に伴い、フリーのジャーナリストに転身。『週刊プレイボーイ』の軍事記者として、アフガン戦争、イラク戦争に関する特集取材をこなした経験から、軍事技術や軍事史に精通し、特に各国の特殊部隊の徹底的な研究を中心に手がけている[3]。
ハリウッド映画監督のジェームズ・キャメロンとは、インタビュー集『豪快!映画学 ジェームズ・キャメロンTalks About Film ジェームズ・キャメロン映画を撮らずにいられない』(集英社インターナショナル)を手がけるなどの交流があることから、彼の作品『ターミネーター2』や『トゥルーライズ』に端役として出演している[1]。
出演作品
映画
- ターミネーター2(1991年) - ショッピングモールの業務用通路にてT-1000に撃たれる従業員役(エキストラ)
- トゥルーライズ(1994年) - ラストシーンで主人公と日本語で挨拶を交わすエキストラ
テレビドラマ
- スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説 第8話「おニャン子vs謎のDJ」(1985年、フジテレビジョン) - DJ
- ウルトラマンガイア 第35話「怪獣の身代金」(1999年、MBS)
ビデオ映画
- クライムハンター2 裏切りの銃弾(1989年、東北新社 / 東映ビデオ)
ラジオ
- 小峯隆生のオールナイトニッポン(1985年4月 - 1986年3月、水曜1部・1987年10月 - 1988年9月、水曜2部、ニッポン放送)
- 大竹まこと ゴールデンラジオ!(2009年12月30日、2015年6月17日、文化放送) - 大学時代の演劇サークルの後輩だった太田英明に頼み込んでゲスト出演
PV
- 東京マルイ(1991年、「無敵の電動ガン」)
ゲーム
監督作品
- N45゜第2話「パオさんとの復讐」(1994年)