小林利雄

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小林 利雄(こばやし としお、1921年3月28日[1] - 2007年4月29日)は、日本の広告プロデューサーテレビ映画製作者。かつて存在した日本の広告代理店宣弘社の元代表取締役社長・元取締役会長。静岡県出身[1]

戦後に大陸から復員し、父が創業した社を継いで2代目社長となり、宣弘社を屋外・交通広告主力の広告代理店に育て、「駅広告の小林」「ネオンの小林」「銀座のネオンを支配する男[2]」と異名を取った。また国産初のテレビ映画『月光仮面』を企画制作したことで知られる。

人物

父親は婿養子であり、「小林」は母方の姓である[2][3]。父親の姓は「中村」であり、宣弘社の当初の名称「中村宣弘社」もこれに由来する[2][3]。弟は宣弘社副社長の小林正尚[4]。政治学者・音楽評論家の片山杜秀の父親は、小林利雄の妻の親族であり、宣弘社に勤務した[5]

復員時に焼け野原となった東京を見て呆然とするが、アメリカの写真誌に掲載されていたタイムズスクエアのネオンを見て、廃墟と化した日本に「明るい光を与えたい」と思い、ネオン事業へとつながっていった[1]

ゴルフが趣味で、土日は必ず顧客とのゴルフを入れていた[3]。始めたきっかけは仕事のためであったが、シングルの腕前となった[6]。宣弘社が製作した特撮テレビ番組『スーパーロボット レッドバロン』第23話・第24話に登場する敵ロボット・スカイシャークは、小林の趣味にちなんでゴルフクラブとゴルフボールを武器としており、現場では「利雄ロボット」と呼ばれていた[7][8]。同作でのゴルフのシーンは小林がフォームを指導した[7]

モノづくりに情熱を注ぎ、明るく楽しい作風を好んだ。そのため、『怪奇大作戦』のようなダークな雰囲気の作品は好まなかったという[9]

著書

脚注

参考書籍

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