小林大祐 (実業家) From Wikipedia, the free encyclopedia 小林 大祐(こばやし たいゆう、1912年6月13日 - 1994年8月21日)は、日本の経営者。富士通社長、会長を務めた。 兵庫県多可郡加美町(現多可町)出身[1]。1935年に京都帝国大学工学部電気工学科を卒業し、同年に富士電機製造に入社[1]。同年に富士通信機製造に転じ、1964年に取締役に就任し、常務、専務、副社長を経て、1976年3月に社長に就任[1]。1981年6月[2]に会長に就任し、1986年5月に取締役相談役を経て、1987年6月から相談役を務めた[1]。 1965年に毎日工業技術賞を受賞し、1971年に紫綬褒章を受章し、1978年に藍綬褒章を受章し、1986年4月に勲一等瑞宝章を受章[1]。 1994年8月21日、気管支肺炎のために死去[3]。82歳没。 脚注 [脚注の使い方] 1 2 3 4 5 興信データ株式會社 1991, こ76頁. ↑ “富士通の歴代社長の一覧・評価~エクシブ投資顧問”. 2024年12月11日閲覧。 ↑ 1994年 8月22日 日本経済新聞 朝刊 p35 参考文献 興信データ株式會社『人事興信録 第36版 上』興信データ、1991年。 先代清宮博 富士通社長1976年 - 1981年 次代山本卓眞 この項目は、実業家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:経済学、PJ:経済)。表示編集 Related Articles