大学卒業後の1983年にフジタ工業(現在の湘南ベルマーレ)に加入。当時のフジタのFWは長年エースとして活躍したカルバリオは移籍していたものの、手塚聡、谷中治、吉浦茂和ら厚い選手層を有しており、当初は出場機会に恵まれなかった。3年目の1985年シーズンに身体能力の高さを買われてレギュラーの座を掴み10得点を上げ得点ランキングの4位に入るなど、リーグ戦4位の原動力となった。
翌シーズンからは再び控えに回る事が多くなったが、1988年に監督に就任した石井義信が従来の南米路線から欧州路線(イングランドスタイル)のサッカーへ転換を試みた事もあってレギュラーへ復帰を果たし1988-89シーズンに9得点を挙げ得点ランク4位となり、リーグ戦4位に貢献した。