小林徹 (野球)
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習志野市の生まれ。習志野三中で野球を始め、習志野市立習志野高等学校では石井好博の指導を受けた。1年時の6月に不祥事が発覚して、7月から1年間の対外試合禁止処分を受けた経験がある。1980年、3年生の時に4番エースとして第62回全国高等学校野球選手権大会に出場した。青山学院大学でも投手を務めた。
1985年に商業科教諭として船橋市立船橋高等学校に赴任し、同校の野球部コーチとなった。1990年からは監督に就任。1993年に甲子園春夏連続出場し、1996年からは3年連続で選手権大会出場を果たした[1]。2002年に退任し、千葉県立松戸南高等学校に移った。2008年には母校の習志野高校に赴任し、野球部監督に就任。以後春夏4度の甲子園出場を果たし、特に2019年の第91回選抜高等学校野球大会では準優勝を果たした[2]。