小枝御前 From Wikipedia, the free encyclopedia 小枝御前(さえごぜん、生没年不詳)は、平安時代後期の女性。源義仲の母[1]で、源義賢の妻[2]。紫山尼とも。 父は秩父重隆であると考えられる。子の義仲が2歳の頃、夫である義賢が討たれたため、幼い義仲を懐に抱いて信濃の中原兼遠の元へ逃れた[3]。鎌倉市の徳音寺は義仲が母を弔い建てた寺院であり、木曽義仲、樋口兼光、巴御前、小枝御前、今井兼平らの墓がある[4][5]。 脚注 ↑ 『尊卑分脈』には義仲の生母は遊女とある。 ↑ 児玉 1986, p. 243. ↑ “小枝御前”. 2022年3月23日閲覧。 ↑ “徳音寺”. 2022年3月23日閲覧。 ↑ 紀野 1972. 参考文献 紀野一義『こころの故里: 旅と日本人』(佼成出版社、1972年) 児玉幸多『中山道を歩く』(中央公論新社、1986年) 外部リンク この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles