小椋研介
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ゲーム『ダービースタリオン』や漫画・アニメ『みどりのマキバオー』をきっかけに競馬に興味を持った。初めての競馬観戦はフラワーパークが勝った1996年の高松宮杯だった。武豊の騎乗フォームに憧れ騎手も考えたが、視力が悪く断念した[1][2]。
厩務員を目指し、愛知県立春日井高等学校から東京農業大学に進学し、神奈川県の厚木キャンパスで乗馬サークルに入部。そこで初めて馬にまたがった[2]。農学部畜産学科を卒業後、千葉県のセグチレーシングステーブルを経て、2006年4月、JRA競馬学校厩務員課程に入学する[3]。
2007年4月、栗東・境直行厩舎所属の厩務員になり[3]、5月には調教助手になる[3]。
境の定年に伴い、2015年3月から栗東・松下武士厩舎で調教助手になる[3]。松下厩舎では交流重賞3勝のシャマルを担当した[4]。
2022年12月、6回目の受験、2次試験は3回目で調教師試験に合格[4][5]。2023年の準備期間は技術調教師として同年の全国リーディングを獲得することとなる杉山晴紀厩舎で研修[6]。
2024年3月6日、栗東トレーニングセンターに厩舎を開業。3月16日、JRA初出走となる阪神2Rはビップライアンの12着。4月14日、阪神7Rをベルシャンブル号(北村友一騎乗)で勝利しJRA初勝利を飾る[7] 。