小泉正昭
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1962年4月、TBSにアナウンサー8期生として入社(同期入社には清水将夫・鈴木史朗・梅田早苗・古村朋子・佐藤紀子・塩田光代・清水恵子・富田幸子・山口紘子)[4][5]。
主にニュースや報道番組を担当し[6][7]、1963年11月1日に報道局ニュース部アナウンサー[8]。1967年11月15日にアナウンサー研修室設置に伴い報道局ラジオニュース部兼アナウンサー研修室付に[9]。その後、テレビ本部報道局ラジオニュース部(1970年7月)、テレビニュース部兼ラジオ局ラジオニュース部(1972年11月)、報道局報道センターに在籍し[7]、中でも1966年2月に起きた全日空羽田沖墜落事故、1972年9月の日中国交回復などの取材、中継リポート[7]に携わった。一方でドキュメンタリー番組のナレーションを担当したこともあった。
1979年秋から3年半の間は「JNNニュースデスク」のキャスターを務める。 『ニュースデスク』降板後は編集センター(1994年1月)、放送技術局(1994年6月)、報道局(1997年4月)に在籍し[7]、1999年2月、TBSを定年退職[6][7]。
1990年代半ばに放映されたTBSの年末特番の一コーナーで、小泉の来歴が取り上げられた。それによると彼は入社の翌年に国鉄鶴見事故の取材に駆り出され、その後も上記の全日空羽田沖墜落事故など大惨事の取材、リポートを度々経験したため、いつしか「修羅場の小泉」の異名が付いたという。
出演番組
TBS
| 期間 | 番組名 | 役職 | |
|---|---|---|---|
| 1967年 | 現代の主役[6][7] | ナレーション | |
| 1979年10月 | 1980年3月 | JNNニュースデスク[6][7] | 木・金曜日担当キャスター |
| 1980年4月 | 1980年8月 | 木~土曜日担当キャスター | |
| 1980年9月 | 1983年3月 | 平日担当キャスター | |