松永邦久
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開成高等学校、早稲田大学法学部卒業。1968年4月TBS入社[2][3]。2002年2月1日 - クリエイティブ・メディア・エージェンシーに出向[4]。 2004年9月定年退職[5]。2008年クリエイティブ・メディア・エージェンシー常務取締役、2009年TBSアナウンススクール事務局長を退任。
アナウンサーとしては主にニュース、報道番組を担当[6][7]、番組キャスターやあさま山荘事件(1972年)、フィリピン・ルバング島の小野田寛郎元少尉捜索(1973年)、成田空港開港(1978年)、昭和天皇崩御(1989年)と、現場中継取材を多数担当し、この間、報道局政治部記者も経験、野党クラブ・キャップ、選挙報道番組ディレクター、総理・各党党首外遊の同行取材も担当した。1996年6月19日、総務局審査部専任部長となりアナウンス職を離れてからは[8]、人事労政局診療所事務長(1999年2月1日)[9]などを歴任。