小泉清
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1899年、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)とセツの三男として東京に生まれる[2]。幼少からゴッホの画集を愛読するなど絵画に親しむ[3]。
1912年、早稲田中学に進学[2]。教師の會津八一(八雲の教え子でもある)に画才を見出され、安藤更生と友人になる[2]。
1919年、東京美術学校西洋画科に進学[2]。先輩の佐伯祐三・前田寛治・里見勝蔵から影響を受ける[2]。1922年、肺病のため中退[4]。ヴァイオリン弾きや、妻の経営するビリヤード場の手伝いで生計を立てる[3]。1934年、母セツが亡くなると、遺産で東京にアトリエ兼新居を構える[2]。
1946年、新興日本美術展で入賞し、画壇デビューする[2]。翌年、志賀直哉や里見勝蔵の推薦で、銀座で初個展を開く[2]。以降、梅原龍三郎の丹楓会や朝井閑右衛門の光樹会、国画会に参加する[2]。