小笠原鑅次郎・ハルの長男として東京に生まれる。
1918年東京帝国大学法学部独法科を卒業。三菱合資入社。1921年三菱銀行に転じる[1]。
1945年5月取締役本店営業部長、1946年4月常務取締役、1947年1月専務取締役、1948年10月取締役副頭取、1954年11月取締役頭取、1959年相談役[1]。
このほか、日本郵船取締役、三菱商事監査役、帝都高速度交通営団管理委員、東京銀行取締役、東京ヒルトンホテル監査役、日本カーバイド工業監査役を歴任。また全国銀行協会連合会会長、日本銀行参与、成蹊学園第5代理事長も務めた[3][4]。
1988年1月6日、心不全のために死去[4]。93歳没。