少年が来る

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少年が来る』(しょうねんがくる、소년이 온다)とは、ハン・ガンが執筆した2014年小説である[1][2]光州事件を題材にしている[1]

民主化を求める市民や学生を軍が武力弾圧し、多くの犠牲者が出た1980年光州事件を題材にしている[1]。それは1980年5月18日から27日にかけて、韓国全羅南道光州市を中心に起こった、全斗煥大統領の軍事独裁体制に抗議した民衆蜂起を戒厳軍が弾圧した事件である[3]。抗争に巻き込まれた学生や家族、そして活動家が何を思っていたのか、どんな風に命を失っていったのか、生存者はその後をどう生きたのかが描かれた[4]。軍に殺された少年の存在を核に、彼の家族や周囲の人々の記憶と回想を重ねることで、当時の状況や人々のその後を描いている[5]

執筆の動機

光州は著者ハン・ガンの地元である[1]。ハン・ガンは『朝日新聞』の取材に対し「遺族や生存者へインタビューはしませんでした。傷を開きたくはないと思ったからです。読める資料を全部読むようにしました。事件の資料を1カ月かけて読んだ時は圧倒されました」と語っている[6]

ハン・ガンがこの事件で命を落とした人々への鎮魂の思いを書いた作品である[7]。タイトルについて、作者は「『少年が来る』の「来る」は、少年が現在に向かって近づいてくる、 どんどん近づいてきて現在になることから付けたタイトルだ」と語っている。[8]

ハン・ガンは当初「現在が過去を助けることはできるか?生者が死者を救うことはできるのか?」という問いを立てながら資料を読んだが、それは不可能だと思って執筆をあきらめかけた。しかし事件で殺害された人物の日記を読んだことで小説の方向性をつかみ、ノーベル賞授賞式でハン・ガンは「この小説を書いている間、本当に過去が現在を助けている、死者が生きている者を救っていると感じるときがあった」と述べている[9]

作者の立ち位置について、臼井雅美は「光州事件が現代の韓国において風化されつつあることに疑問を持ち」「自らが韓国史の汚点にメスを入れることで、世界という舞台に臨んでいる」と述べている[10]。またこの作品は「忘却に対する記憶への挑戦、韓国民主化という大きな渦の中で果たした民衆の新たな可能性、そしてその中で重視されるべき個人の声や意思を表象している」としている[10]

構成

本書は、短い6つの小説と、著者によるエピローグからなる[11]。光州事件に遭遇した6人の人物の記憶は、入り乱れる時系列の中で、複数の人称により語られる[3]。6つの章それぞれでは、「人間の尊厳をかけて闘った一人ひとりの個人が登場する」[9]

あらすじ

第1章 幼い鳥:市民デモと軍隊の衝突で街中が混乱している時、「君」と呼ばれる少年トンホは友人とその姉を探すため、犠牲者の遺体が並べられた中央庁舎に入り込む。少年は、高校三年生のウンスク姉さん、ブティックの裁縫師ソンジュ姉さんのチームに加わる[8]。大学生のチンス兄さんが様子を見に来る。

第2章 黒い吐息:デモの中で少年とはぐれて命を落とした友人チョンデの霊が、死後の世界で見たものを語る[8]。最後に軍人による銃撃でトンホが落命する[12]

第3章 七つのビンタ:編集者になったウンスク姉さんは、官憲に作家の居所を聞かれて知らないと答え、顔に七回のビンタを受ける[8]

第4章 鉄と血:逮捕されたチンス兄さんのその後の人生を、同房だった男が語る[13]

第5章 夜の瞳:労働運動に加わった後、ひっそりと生きてきたソンジュ姉さんの半生[8]

第6章 花が咲いている方に:送り出した少年が必ず自分の元に戻ってくると信じて待っていた、母親の嘆き[8]

エピローグ 雪に覆われたランプ:事件について後に少しずつ耳に挟んだ作家が、資料を読み込み詳細を知る[14]

背景・評価

光州事件において当時15歳で軍に殺害された少年、文在学を主人公のモデルにしている[15]。出版社「創作と批評社(チャンビ)」が運営するブログ「창문」で2013年11月から2014年1月にかけて連載され、2014年5月19日に出版された。

蜂飼耳は本作について「この小説は割り切れない怒りと悲しみを凝視することをやめない」と評している[16]。また、ソウル市内の小さな独立系書店では、光州事件で市民が最後の抵抗をした5月18日から27日に合わせて、毎晩『少年が来る』の朗読会が行われた[2]

なお、ハン・ガンは2024年にノーベル文学賞を受賞した[1]。翻訳家、文芸評論家の鴻巣友季子はハン・ガンの作品について「民主化運動の光州事件を題材にした『少年が来る』や、古代ギリシャ語を勉強する女性が主人公の『ギリシャ語の時間』など、どの作品も実験性とストーリーテリングが見事にマッチしていて、韓国文学のなかでも一頭地を抜いている」と評している[17]

福岡・尹東柱の詩を読む会の井上由美は、2020年9月の『リベラシオン』179号で、「光州事件はまだまだ知られていない部分も多い。しかし、この小説を読むと、あれが「事件」などではなかったことを思い知らされる」と書き、しかしこの小説は「告発よりも、鎮魂と祈りに満ちている」としている[18]

英文学者の臼井雅美は、2021年2月の著書『記憶と対峙する世界文学』の中で、この小説に1章を当てている[19]。そしてハン・ガンという作家の立ち位置、韓国文学の中での「記憶への挑戦」、光州事件が韓国社会にもたらした影響などについて、多面的に考察している。そしてこの小説は「現在、世界中で断ち切ることができない暴力の連鎖を表したい彼女の意思の結晶である」と述べている[20]

翻訳家の斎藤真理子は2022年7月、著書『韓国文学の中心にあるもの』でこの小説を取り上げ、ハン・ガンの語りが「作家個人の想像力の所産というより、韓国の民主化運動、特に文化運動を支えてきた伝統的な鎮魂の文化と深いところで結びついているのではないか」と指摘している[21]。また残忍な軍人がいる一方で、罪悪感を抱え死者の尊厳を意識する兵士についても書かれている点を挙げ、「人間が人間である」ことを求める作家の姿勢を述べている。小説の英文タイトルが「Human Acts」(人間の行為)であることから、この小説が世界に向けて開かれた文学だ、としている[22]。なお斎藤は同様の内容を、2022年3月刊の放送大学教材に寄稿している[23]

中国新聞社論説委員の森田裕美は、『中国新聞』2024年11月12日のコラムで、「その語りからは、事件がもたらす深い悲しみや苦痛とともに、人間の獣性や残忍性があらわになる。読む者は目を背けたくなる現実に引き込まれ、「隣国で起きた過去の出来事」として傍観することを許されない。ある声は続く痛みを放射線被曝に例え、ある声は人間の残虐性を南京やボスニアとも重ねる。」「告発の書ではない。歴史の不条理を引き受け、普遍の人間を問うている」、と評している[24]

ライターの温水ゆかりは2024年12月24日のウェブコラムで、「ある者は顔を腫らすビンタの暴力に耐え、ある者は自ら命を絶ち、ある者は怒りを溜めこんで誰とも打ちとけずにひっそりと暮らし、トンホの母ちゃんは少年を埋葬した後「うちの息子を返せ。殺人鬼の全斗煥を八つ裂きにしろ」と絶叫した。」「サバイバーになって生き延びようとも、誰のところにも少年は「来る」のである。」と評した[8]

日本文学者の佐藤泉は、2025年1月の『ユリイカ』で、「人間が肉であることの残酷さ」をこの小説がいかに描いているかを詳細に分析している[25]。そしてノーベル文学賞の受賞理由がハン・ガン文学の「肉体と精神、生ける者と死者の繋がりに対する独特な認識」だったことを挙げ、「ハン・ガンがとらえる体と魂は、延長的な物質と非物質的な精神といったかつての二元論のそれではなく、虐殺される肉がまた愛の通路でもあるような肉であり、そこでこそ魂の交換が可能になる」としている[26]

作家の星野光徳は、2025年3月の『群系』15号で『少年が来る』の内容を詳細に記し、当時の日本人は「好景気に向けて呑気に浮かれていた時代だった。海を隔てた隣国では、民主派にとっては弾圧と拷問の時代だった。私たちは自ら勝ち取ったわけでもない戦後の民主教育の下で育てられ、徴兵も拷問も受けずにぬくぬくと生きていた」ことを指摘している[27]

四日市大学名誉教授北島義信は、2025年6月の『フラタニティ』38号で、この小説に通底する東学思想について触れ、死者からの問いかけに応えるには従来の欧米型近代を絶対的基準とするのでなく、「土着文化」に基づき、「他者優先」「相互関係性」を基軸とした方向性の意義の重要性を説いている[28]

宗教学者の島薗進は、2025年6月29日のNHKラジオ第2放送「こころをよむ」でこの小説を取り上げている。そして物語の内容と背景を丁寧に説明し、「現代人が経験したり話にきいてきたりした無残な死について、またそうした死者を心に留めながら生きていくとはどういうことかについて、奥行きの深い表現がなされている」と語っている[29]

司書の澤一澄[30]はウェブマガジン『望星』2025年7月18日で、「著者は光州事件を韓国だけのものではなく、世界各地の力による不条理な死や虐殺、破壊が行われた他の傷と同じだと書く。」「この物語は2014年に発表されたものだが、今ほど世界にたくさんの、大きな光州、小さな光州があるときはないのかもしれない。他者との話し合いを拒み、ただ暴力で傷つけ踏みにじって殺し相手を消せば他者との問題は解決すると考える短絡的反応と、他者への感受性の欠如。いつになったら、人間はそれを乗り越えられるのか、考えさせられる」と語っている[31]

立命館大学名誉教授池内靖子は、2025年10月の『女性・戦争・人権』で、「人物の一人ひとりが、過去の残酷な出来事に摑まれ、悪夢に苛まれながらも、生きている。死者の記憶、死者からの呼びかけ、問いかけから、彼ら一人ひとりの生きる力、エネルギーが生み出される」ことに感動している。そして作家が何を問うかは極めて重要で、ハン・ガンの「過去が現在を助けることができるか?死者が生者を救うことができるのか?」という問いが、次作『別れを告げない』に続いていると指摘している[32]

受賞

翻訳

  • 日本語:『少年が来る』クオン、2016年10月31日、井手俊作訳。ISBN 978-4-904855-40-9
  • 英語:Human Acts, Portobello Books, 2016.
  • イタリア語:Atti umani, Adelphi, 2017.
  • ドイツ語:Menschenwerk, Aufbau Verlag, 2017.

翻案

脚注

参考文献

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