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尾上規喜

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国籍 日本の旗日本
職業 放送技術者、実業家
おのえ きよし

尾上 規喜
生誕 1935年3月16日(90歳)
日本の旗京都府宮津市
国籍 日本の旗日本
出身校 日本大学芸術学部写真学科
職業 放送技術者、実業家
肩書き 元フジ・メディア・ホールディングス取締役(常勤監査等委員)、元フジテレビジョン監査役
受賞 第57回前島密賞(2011年度)
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尾上 規喜(おのえ きよし、1935年3月16日[1] - )は、日本の放送技術者、実業家。元フジ・メディア・ホールディングス取締役(常勤監査等委員)、元フジテレビジョン監査役。

京都府宮津市出身[2]。京都府立宮津高等学校卒業後[3]、日本大学芸術学部写真学科卒業[1]。フジテレビジョン開局前の1958年12月に同社に入社。

入社後は映画部写真室[1]を皮切りに、報道部外信班、放送部主事[4]、放送技術局部長(技術管理)[5]、総務局人事部長などを経て1987年6月、技術局長[6]。

1989年6月、取締役技術局長[7]。1991年6月、取締役 総務・人事担当兼人事局長[8]、1992年6月、常務取締役[9]。1994年7月、常務取締役 総合調整担当[10]、1997年6月、専務取締役 管理業務本部長[11]。1999年6月、代表取締役副社長 業務総括[12]。2001年6月、取締役相談役。2003年6月、取締役副会長。2005年6月、常勤監査役。2008年10月、フジテレビジョン監査役。2020年6月、フジ・メディア・ホールディングス取締役(常勤監査等委員)[13]。

2025年6月25日をもって、フジ・メディア・ホールディングス取締役(常勤監査等委員)とフジテレビジョン監査役を退任。

日枝久との関係

フジ・メディア・ホールディングス及びフジテレビジョンではドンである日枝久の腹心として剛腕で知られた。両社の隅々まで知り尽くしており、遠藤龍之介(前フジテレビジョン取締役副会長)も金光修(前フジ・メディア・ホールディングス代表取締役社長)も尾上には全く頭が上がらなかった。フジテレビは日枝と尾上の90歳近い2人が組織を動かしており、2人はそれぞれの頭文字を取り、「HOライン」と呼ばれていた[14]。

フジサンケイグループの歴史を綴った中川一徳『メディアの支配者』によると、1963年11月のケネディ大統領暗殺事件の時、フジテレビ報道部外信班キャップだった上野一彦の下、外信班員だった日枝や尾上らが火事場さながらに社内を走り回ったとあり、この頃からの付き合いであることが判る[15]。また、1968年7月に日枝がフジテレビ労働組合の書記長に就いた際、尾上は法対部長を務めている[注釈 1]。そして、鹿内春雄がフジテレビの実権を握る1980年代に入ると日枝を始めかつての組合幹部が要職に抜擢されるようになり、尾上も人事部長に就いた[16]。また、1992年に日枝がクーデターで鹿内宏明を追放した後、お台場の新社屋の建設委員長となった際、尾上(当時、常務取締役)は建設事務局長として実務を預かった[17]。

同じく中川一徳の『二重らせん 欲望と喧噪のメディア』によると、尾上は1997年8月のフジテレビ上場(当時、専務取締役)や2003年7月の村上世彰によるフジサンケイグループ資本再編成の提案(当時、取締役副会長)にも日枝の命を受けて水面下で交渉、折衝にあたっていたことが判っている[18]。

中居正広・フジテレビ問題

尾上は2025年2月2日、週刊文春の取材に応じ、中居正広・フジテレビ問題に関連して株主代表訴訟が提起されたか否かを問われ「1月に入ってから2通来ているんです。1人ずつ別の方が。条件に該当しているかどうか含めて手続き中。弁護士に(確認している)。監査役の専管事項なので」と答え、監査役としての対応状況を明かした[注釈 2]。続いて、日枝久を始めとする経営陣が個人として億単位の損害賠償を求められる可能性を尋ねたところ、「会社に損害を与えたって問題になる可能性もないわけではないですけど」と答えた[19]。また、尾上は「一年半も事態が放置されていたっていうのはけしからん。大問題ですよ。伏せちゃったんだから隠蔽体質じゃないか。僕も日枝も知らなかったし、今回の件で日枝も怒っていますよ」と述べている[20]。

2025年3月27日、フジ・メディア・ホールディングス及びフジテレビジョンは第三者委員会調査報告書の公表を目前にして取締役会を開き、日枝久の両社取締役相談役、フジサンケイグループ代表退任を始めとする大規模な役員体制刷新の人事を発表し[21]、尾上も2025年6月25日の株主総会をもってフジ・メディア・ホールディングス取締役(常勤監査等委員)、フジテレビジョン監査役を退任することが発表された[22]。

堀江貴文は、フジ・メディア・ホールディングスの株主総会を目前にして上梓した『フジテレビの正体』で、フジ・メディア・ホールディングスが人事を刷新するにあたり、取締役だった尾上の去就に注目していたと記しており、尾上が、日枝らとともに取締役を退任するとの報道を「一歩前進」と評価した。堀江は、尾上を「まさにフジテレビの生き字引のような人物」と表現し、堀江がフジテレビを買収しようとしたときも「お前ら、あいつらに負けるのか!」と最前線で檄を飛ばしていたのが尾上(当時、フジテレビ常勤監査役)だったというエピソードを披露し、外部からの経営干渉には日枝以上にファイティングポーズを取る、フジの「最後の砦」のような尾上が退任する見通しとなったことを、「『やっと時代が変わるかもしれない』と確信した」と表現している[23]。

監査役退任後

尾上は、2025年7月6日放送のフジテレビによる検証番組『検証 フジテレビ問題~反省と再生・改革~』にVTR出演し、「諸悪の元凶が日枝だっていう世論の動きには、やっぱり納得できない感じではありましたよね」と証言した。続けて「日枝に責任をかぶせるのはね、簡単なんですよ。そう言えばいいんだから。取締役が取締役(会)として経営責任を全体で担うわけですから」と語り、経営への責任は日枝個人ではなく取締役会が負うべきと主張した[24][25]。

ジャーナリストの加藤裕則は、尾上が監査役と監査等委員を務めた20年という在任期間を「その長さは異様である」と表現した。2015年に制定されたコーポレートガバナンス・コードで定められた「自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適切でなく、能動的・積極的に権限を行使し、取締役会においてあるいは経営陣に対して適切に意見を述べるべきである」という監査役の役割にも言及しつつ、「己を厳しく律し、社の監査にあたるべき尾上氏が日枝氏と“盟友関係”などと紹介されれば、本来の役割を逸脱し、もはや日枝氏のための『守護神』だったと言われても仕方ないだろう。」と述べている[26]。

受賞歴

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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