尾太岳
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江戸時代の菅江真澄は尾太岳一帯を何度か訪れており、当時の尾太鉱山や暗門滝の様子を書き残している。このうち『雪の母呂太奇(もろたき)』[注 1]の中で「オツフの名はもと蝦夷いへるなるべし」と、アイヌ語地名であることを指摘している。[4][5][6]
「尾根が太い」ことからきているという説[7]もある。
江戸時代には津軽藩では八甲田山を「耕田(かうた)嶽・山」と文書に記載していた。ところが1834年(天保5年)10月11日、津軽藩はにわかにこれまでの耕田山を甲田山に改め、尾太山を乙富山に、鳴沢を成沢に改めるように指示した。しかしこの八甲田山、尾太岳の頭文字を甲乙揃えようとする指示は定着しなかった[8]。
地勢
緩やかな山が多い白神山地のなかでは特徴的な山容で、山頂が三角形に鋭く尖っていることから「白神山地のマッターホルン」と称される。[9][3][10]
南方には、青森県と秋田県の県境となって東西に伸びる1000m級の稜線がある。尾太岳はそこから北へ分かれて伸びる稜線上にあり、そのなかのピークには南から尾太岳(1083m)、薬師森(995m)、弁天森(980m)などと名がついている。[9][11]
西斜面はなだらかで、山裾を流れる大沢川の源流(朝日股沢)にそって崖がある。東の陣岳(1049m)との間には湯の沢川が険しいV字谷を作っており、崩壊地形や岩の露出した急斜面を多くもっている。山体はおおむね凝灰岩で、ところどころに安山岩や流紋岩の貫入がある。この貫入のまわりには鉱脈が分布しており、谷底に尾太鉱山の入口がある。[11][12]
西の大沢川、東の湯ノ沢川はどちらもまっすぐに北流し、美山湖(目屋ダム)で岩木川の本流に注いでいる。 湯の沢川に沿って県道317号が走り、南へ向かうと釣瓶落峠(標高710m)で秋田県藤里町へ通じる。かつては県道317号に沿いに尾太鉱山の鉱石を運ぶパイプラインが走っていた。[11][12]
- 植生
尾太岳の8合目から9合目にかけてコメツガやキタゴヨウマツからなる針葉樹林帯になっているのが、植生上の大きな特徴である。白神山地はブナに代表される落葉広葉樹林帯であり、白神山地のなかで尾太岳だけがこのような針葉樹林をもっている。[9]
江戸時代には尾太鉱山の金属精錬のための木材燃料を供給する山になっていたが、昭和40年代に「尾太岳県自然環境保全地域」が設けられ、ブナ林の保護が行われている。[13][2]
