山下威士

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山下 威士(やました たけし、1941年11月6日[1] - )は、日本の憲法学者法哲学者新潟大学名誉教授

広島県広島市出身。1945年広島市への原爆投下を経験し、その後の法学者としての思想に影響を与える[2]。 1960年広島県立広島観音高等学校卒業。 1964年中央大学法学部卒業。1966年同大学院法学研究科修士課程修了。1970年早稲田大学大学院法学研究科公法学博士課程中退。

1987年「カール・シュミット研究 危機政府と保守革命運動」で法学博士早稲田大学)の学位を取得。

1970年埼玉大学教養部講師(社会思想史担当)、中央大学法学部通信教育課程インストラクターを兼任。1971年教養部助教授、1982年新潟大学法学部教授(憲法・比較憲法学)、 1993年同大学院現代社会文化研究科教授、 1995年同法学部長、 2000年同学長補佐、 2004年同大学院実務法学研究科(法科大学院)長・同教授(法学概論・正義論など担当)、 2007年同定年退官、同名誉教授[3][4]大宮法科大学院大学客員講師(法哲学担当) 2015年大宮法科大学院大学廃校に伴い退職。

2020年秋の叙勲が11月3日に発表され瑞宝中綬章を受章[5]

親族に法学者の山下泰子(妻)、デザイナーの山下勇三(実兄)がいる[6]

恩師

学部・修士課程では川添利幸。博士課程では有倉遼吉、博士論文の主査では浦田賢治に薫陶を受けた[3]

著書

外部リンク

脚注

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