山下悦子
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活動
25歳の時に東京女性史研究会を主宰する。論客としては、『高群逸枝論―「母」のアルケオロジー』が初の単著。
その後、多くの著書を発表し、フェミニズムの要素をいれた文化批評にも意欲を示し、 1998年には『作家の自伝』で「渋沢龍彦」の項を担当、渋沢の最初の妻で詩人、作家である矢川澄子を取材した。
1995年2月から1998年3月にかけて橋爪大三郎、中西輝政とともに毎日新聞論壇時評『雑誌を読む』を担当。また、産経新聞の匿名コラム「斜断機」創設時には少ない女性執筆者の一人で、同じ執筆者の一人であった呉智英と論争した[1]。『日本の論点2007』(文藝春秋)では、「少子化対策は効果があるか」論点57で「子育て世帯への増税政策と『女も働け』キャンペーンが少子化を悪化させる」を著述、少子化問題に積極的に提言している。
思想
日本のフェミニズム界においては珍しく、日本の伝統的な価値観を尊重する立場に立っている。
単に欧米のフェミニズムを輸入し、日本にあてはめるのではなく、日本の女性の歴史の独自性を考慮した女性解放を模索しており、女性が子供を産み育て、家族を大切にするべきという立場にいる。また、上野千鶴子への一貫した批判者でもある[2]。この考えはややもすると保守的な反フェミニズムの言説と受け取られがちだが、女性の優位性を強調し、男性の脆弱性を攻撃する過激なフェミニストには変わりなく、党派性を除けば上野千鶴子と酷似している[3]。
山下が典型的なフェミニストの言う「男女同権」に懐疑的なのは、山下が一男一女を産み育てるといった経験をしている女性であることが大きく影響している。著書『女を幸せにしない男女共同参画社会』でも夫の父母の介護の経験も記している。現実のフェミニストは「女性の代表」を標榜しながらも育児や介護を経験している者は少なく、少子高齢社会が本格化する今後の日本社会にあって、「女性の味方」であるフェミニストが一般女性とかけはなれた境遇や考えでは「女性の代表」を名乗る資格があるのか疑わしい状況にあり、また、「生き方の多様性」をうたっておきながら、夫婦共働きを前提とした政策や提言をするフェミニストが多い。そこを行くと山下は、比較的平均的な日本女性に近い立場・考えにいる、フェミニストの中でも数少ない論客である。
多くの学者が女性差別のレッテルを恐れてフェミニズムを批判したがらない中、女・女格差を助長し、子供を産み育てる女性やその世帯への増税政策を促したフェミニズムの罪の部分を、山下は一貫してストレートに批判している。他にも「ジェンダーフリー」概念のおかしさや、形骸化されたフェミニズムの一部のイデオロギーによって男女共同参画基本法が形成されたプロセスを危険視し、その角度から現行の男女共同参画社会への政策を批判している。経済アナリスト立木信はこうした山下の主張を評価している。