山下重明
From Wikipedia, the free encyclopedia
- 1917年、富山県出身。
- 東京高等師範学校附属小学校・中学校(現・筑波大学附属小学校/筑波大学附属中学校)で学ぶ。この東京高等師範学校附属学校時代の友人に村山雅美(登山家・南極観測隊隊長)が居た[1]。
- 東京帝国大学時代の1939年に第49回高等文官試験を受け合格し、外務省に入省。初任地は満洲国[2]。
- 第二次世界大戦戦後も外交官として活動。本省では大臣官房領事移住部長[3]、海外公館ではマラヤ連邦参事官、アイルランド、ブルガリア人民共和国、チリ[1]の三ヶ国で特命全権大使を務めた。
- チリ大使時代には『技術協力に関する日本国政府とチリ共和国政府との間の協定』の調印を日本代表として行った[4]。
- 1992年3月21日死去。墓所は多磨霊園[5]。