山之口町 (鹿児島市)
鹿児島市の町
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地理
歴史
市制施行以前
江戸時代には山之口馬場町と称しており[3]、鹿児島城下の士屋敷群の一部であった。明治時代初期より鹿児島府下山之口馬場町となった。1884年(明治17年)に鹿児島郡内の戸長役場が統廃合され、地内に九町を管轄する戸長役場が設置された[3]。
市制施行以後
1888年(明治21年)に公布された市制(明治21年法律第1号)に基づき、1889年(明治22年)2月2日に官報に掲載された「
市制施行地」(内務省告示第1号)によって鹿児島が市制施行地に指定された[9]。3月5日には鹿児島県令第26号によって鹿児島郡のうち50町村が市制による鹿児島市の区域と定められ[10]、4月1日に市制が施行されたのに伴い、鹿児島郡50町村(山下町、平之馬場町、新照院通町、長田町、冷水通町、上竜尾町、下竜尾町、池之上町、鼓川町、稲荷馬場町、清水馬場町、春日小路町、車町、恵美須町、小川町、和泉屋町、浜町、向江町、栄町、柳町、易居町、中町、金生町、東千石馬場町、西千石馬場町、汐見町、泉町、築町、生産町、六日町、新町、松原通町、船津町、呉服町、大黒町、堀江町、住吉町、新屋敷通町、加治屋町、山之口馬場町、樋之口通町、薬師馬場町、鷹師馬場町、西田町、上之園通町、高麗町、下荒田町、荒田村、西田村、塩屋村)の区域より鹿児島市が成立した[10]。それまでの山之口馬場町は鹿児島市の町名「山之口馬場町」となった[3]。
1896年(明治29年)には郡制が施行されたのに伴い、鹿児島郡、谿山郡、北大隅郡を管轄とする郡役所が設置された。1899年(明治32年)に山之口馬場町より馬場の字が削除され「山之口町」に改称された[3]。
その後地内に1912年(大正元年)に鹿児島座、1917年(大正6年)に帝国館、1920年(大正9年)には太陽館、喜楽館などの映画館が相次いで開館し、同時に千日、天文館、山之口各市場が開設されるなど急速に発展していった[3]。
1962年(昭和37年)に住居表示に関する法律が施行されたのに伴い、鹿児島市は鹿児島市街地域の住居表示に着手した[6]。1963年(昭和38年)9月11日に城南地区で住居表示に伴う町域の再編が実施され、天文館通を中心とする地内の一部が千日町として分割され[3]、同時に山之口町の全域で住居表示が実施された[11]。
町域の変遷
人口
施設
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる[19]。
| 町丁 | 番・番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 山之口町 | 全域 | 鹿児島市立山下小学校 | 鹿児島市立甲東中学校 |
