山内豊静 From Wikipedia, the free encyclopedia 山内 豊静(やまうち とよしず、明治16年(1883年)6月24日 - 昭和12年(1937年)9月12日)は、日本の華族(男爵)。侯爵山内豊範の次男で、兄に侯爵山内豊景(土佐山内家本家17代)。妻は一族で医師、防疫官となった山内豊幸の妹の寿。嗣子に男爵山内豊春。次男山内豊秋を兄の豊景の養子とし、のちに18代を継いでいる。ほかに子に山内静材がいる。 明治16年(1883年)に高知に生まれる。明治39年(1906年)12月15日、男爵に叙爵された。昭和12年(1937年)没。 1906年(明治39年) 12月27日 - 従五位[1] 12月15日 - 男爵[2] 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『官報』第7051号「叙任及辞令」1906年12月28日。 ↑ 『官報』第7041号「叙任及辞令」1906年12月17日。 日本の爵位 先代叙爵 男爵(高知)山内家(分家)初代1906年 - 1937年 次代山内豊春 この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles