山口重兵衛
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武蔵国多摩郡下壱分方村福岡(のち神奈川県南多摩郡下壱分方村福岡、東京府南多摩郡元八王子村下壱分方福岡、現・東京都八王子市泉町)生まれ。生家は柏木家で、養子となる[2]。普通学を修得する[1]。
実兄柏木豊次郎に随い、実地商工業を伝習する[1]。20歳にして独立の商業者となる[1]。独立商業を営むに至り常に東京、横浜等を往復し敏活商業に従事したため、僅かにしてその家産を増殖する[1]。
耶蘇旧教を信じ、1876年にその洗礼を受け、横浜在留仏国人宣教師テストヴィドに就き天主教旨を学ぶ[1]。山上卓樹とともに福岡部落にカトリックを導入し、仮祭壇は山口重兵衛宅に設けられた[3]。聖瑪利亜会堂や天主堂学校の運営を支えた[2]。