山吉田水門
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竣工
1938年
| 山吉田水門 | |
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山吉田水門 | |
| 情報 | |
| 竣工 | 1938年 |
| 所在地 |
〒987-0321 宮城県登米市米山町西野北土手外 |
| 座標 | 北緯38度38分48.02秒 東経141度12分35.32秒 / 北緯38.6466722度 東経141.2098111度座標: 北緯38度38分48.02秒 東経141度12分35.32秒 / 北緯38.6466722度 東経141.2098111度 |
山吉田水門(やまよしだすいもん)は、宮城県登米市米山町にある水門で、迫川(新迫川)と旧迫川の分流施設である。1932年(昭和7年)から1939年(昭和14年)にかけて行われた迫川改修事業の中で、旧迫川に対する維持用水確保と洪水流入防止を目的に造られた。水門の全幅は17.3メートルで、手動式巻揚機8連を備えている。竣工から1世紀近く経過しているが、現役で稼働している施設である[1]。
迫川は宮城県でも屈指の難治河川であると評されている。迫川の中流域と下流域は共に低平地であり、河口を基点にした上流50キロメートル地点の迫川の標高はわずかに7メートルである[注釈 1]。また、上流域が栗駒山の南東斜面で、雨の降り易い地形でもあった[2]。昭和の初めころに竣工した北上川改修工事により、北上川(旧北上川)の背水から解放された迫川下流域では水害が起こらなくなったが、上流域における水害は変わらなかった。この問題を解決するために、1932年(昭和7年)から1939年(昭和14年)にかけて、山吉田から北上川(旧北上川)との合流地点である剣先まで新しい河道(捷水路)の開削事業が行われた。その際、新旧の河道の分流のために、山吉田に水門と洗堰が新設された[3]。旧来の迫川は山吉田から西側に大きく曲がってから、蛇行しながら東側へ向かい剣先で北上川(旧北上川)に合流していた。その距離は32キロメートルだった。これに対して新河道は11.7キロメートルであり、山吉田から剣先まで直線に近い形で開削された[4]。現在では、新しい河道が迫川の本川であり、旧河道部分は旧迫川と呼ばれている。