1973年、バーゼル・スコラ・カントールムに留学し、リコーダーをハンス=マルティン・リンデおよびジャネット・ファン・ヴィンゲルデンに師事した後、オランダのハーグ王立音楽院にてリコーダーをリカルド・カンジ、リコーダー製作をフレデリック・モーガンに師事する。
1975年、ブルージュ国際音楽コンクール アンサンブル部門第一位。1978年、ミュンヘン国際音楽コンクール リコーダー部門(ソロ部門)第3位(第1位、第2位なし)。
1980年に帰国後、平尾リコーダー工房を開設。自身の演奏活動のかたわらリコーダー製作にも力を注ぎ、世界各国の演奏家に楽器を提供している。
また、上野学園大学音楽学部音楽学科客員教授(1983〜2024)、東京藝術大学音楽学部古楽科非常勤講師(2003〜2018)として後進の指導にもあたる[1]。