山形ハワイドリームランド

山形県山形市にかつて存在したレジャー施設 From Wikipedia, the free encyclopedia

山形ハワイドリームランド(英:Yamagata Hawaii Dreamland)は、山形県山形市にかつて存在したレジャー施設。

管理運営 山形県観光綜合開発[1]
面積 13,500平米[2]
来園者数 217,477人(1968年度)[3]
開園 1967年7月[3]
概要 山形ハワイドリームランド, 施設情報 ...
山形ハワイドリームランド
施設情報
管理運営 山形県観光綜合開発[1]
面積 13,500平米[2]
来園者数 217,477人(1968年度)[3]
開園 1967年7月[3]
閉園 1971年
所在地 山形県山形市蔵王飯田字水上126-1[3]
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概要

山形日産自動車会長の今野金治郎が中心となり、山形市蔵王飯田にて温泉が湧出することに着目し温泉を用いたハワイ調のレジャーランド建設計画を着想し[3]、1966年6月に北日本物産や日産観光サービスなどの出資により「山形県観光綜合開発」を設立[1]、1966年9月に着工し[2]、1.65万平米の敷地を開発し1967年7月に開業[3]。本館2.5億円を含む総工費3.2億円をかけ、プールを中心にホテルやボウリング場などを備えた総合レジャー施設を志向した[4]

1968年4月には動物園も設置され[1]、宮城県の松島動物園の閉園により同園の動物270頭を引き取って展示[4]。1969年時点では年間で約22万人の入場客を受け入れ、日帰り客が9割を占め冬季営業も行っていたが夏季の来場者が大半を占めていた[3]。一方で設備投資の大半を借入に依存しており初年度から赤字が続き[4]、1969年には山交ランド(現・リナワールド)が開業し来場客数が減少[5]、1970年までに累積損失は2億円に上り1971年には会社更生法が適用される[4]

1971年12月14日には経営不振に伴いソ連人剥製業者の主導によりライオン2頭・トラ1頭・ヒョウ1頭[6]・ニホンクロクマ1頭・シマウマ1頭・スプリングボック1頭・カンガルー1頭・コンドル2羽の計10頭を射殺[4]、翌日にはカバやゾウといった大型動物の射殺を考えていたとされ発砲した剥製業者社長と本施設の前代表取締役が逮捕される[4]。1週間後には残った動物で動物園を再開し国内外からの募金や応援の手紙も寄せられたが1972年1月には動物園部門の閉鎖を決定しカバ等26種64点の動物を90万円で甲府市動物園に、ゾウ・チンパンジー・ワニを富谷レジャーランドに売却[4]

射殺事件の余波もあり[5]、1972年に倒産し12月には東京の会社に赤字相当の1.95億円で売却され当初は老人ホームに転換しプールを釣り堀・動物園を植物園に改装する計画があったものの、その後山形県内の住宅協同組合に渡り解体され敷地は住宅地に転用されている[4]

施設

建設にあたっては黒川紀章が設計を担当[3]メタボリズムの思想に基づき延床面積5,758平米で鉄筋コンクリート造一部鉄骨造の吊り構造を用い[2]、細胞をイメージして直線がほぼなく不定形的な曲線を描いた構造とし[5]、環状の本館に飲食施設やホテル・中庭や周辺敷地にプールや温泉施設[3]、内側の円筒形シャフトに階段やトイレを配し[2]、本館同様の不定形的な棟を複数建設する案も構想されていた[7]。中庭にプールを配した細胞型の思想は後年の六本木プリンスホテルでも用いられた[8]

1階[3]
  • 喫茶室
  • 厨房
  • 更衣室・シャワー室
  • 売店
  • 入場券売り場
  • 管理室
  • お好みコーナー
  • 水族館(約70種を飼育)
  • フラワーボート
  • ティーカップ
  • 動物園(本館外縁部 ライオン、ヒョウ、クマ、インドゾウなど約270点を飼育)
  • 大食堂
2階[3]
  • ホテル
  • 大広間(120畳)
  • ラウンジ(3箇所)
  • 会議室(60席)
  • ゲームコーナー
  • ボウリング場(4レーン)
  • サウナ風呂
  • ラウンジ
  • 熱帯温泉大浴場(500名収容)
屋上[3]
  • ゾウさん電車
  • ミニスポーツカー
中庭[3]
  • 変形プール
  • 観覧車[2]
  • サル山

出典

外部リンク

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