1925年(大正14年)、画家の山本鼎と、北原白秋の妹イヱ(家子)の長男として、東京府荏原郡入新井町(現:東京都大田区大森北)に生まれる[1]。旧制佐賀高校から東京大学文学部独文科卒[1]。詩誌『零度』ののち、1951年(昭和26年)に『歴程』同人となり、1954年(昭和29年)に第一詩集『歩行者の祈りの歌』を刊行。以後数多くの詩集・評論を上梓した。
両親が共に国柱会の信者だったこともあり、1968年(昭和43年)に「霊廟讃歌」を献詩した[2]。
1970年(昭和45年)、『覇王紀』で読売文学賞受賞。1975年(昭和50年)、『ユリシィズ』『鬼火』で藤村記念歴程賞受賞。
1988年(昭和63年)に死去、62歳没。墓所は東京都江戸川区一之江の国柱会・妙宗大霊廟。