山林芳則
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経歴
日生学園第三(現・自由ヶ丘)高校時代から150km/h近い速球を投げ注目される。高校3年夏の西兵庫大会は、4回戦で北条高等学校に敗れ、甲子園出場はならなかった[1][2]。
2009年1月26日、アトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結んだことが発表された[2][3][4]。契約後はオーストラリアの育成施設に入り、サマーリーグでプレーした[2][5]。
2010年は、傘下ルーキー級ガルフ・コーストリーグ(GCL)のGCLブレーブスで15試合に登板し、2勝2敗、防御率5.65という成績だった[5]。
2011年は全く登板機会がないまま、6月13日に自由契約となった[6]。
2012年、関西独立リーグの紀州レンジャーズに入団した[7]。同年は8試合に登板した。
2013年は22試合に登板して、1勝9敗、防御率6.75という成績だった。与四球、暴投がリーグ最多を記録するなど、制球に課題を残した。同年終了後、紀州の活動休止に伴い退団。この年限りで現役を引退した。