山根幸夫
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兵庫県神崎郡越知谷村(現・神河町)に生まれる[1]。1941年4月東京帝国大学文学部東洋史学科入学。同期の神田信夫(専門は清代史)とは後に共著を出版。1942年10月から1945年9月まで肺結核のため休学する[3]。1947年9月に東京帝国大学卒業。同年10月、東京大学大学院特別研究生(文部省給費)に採用される[1][4]。
1952年4月東洋大学文学部講師、1953年同助教授。1954年4月から4年間、公益財団法人 東洋文庫研究員をつとめ、1958年東京女子大学文学部助教授、東洋文庫兼任研究員となる。1961年同大学文理学部[5]教授となり、1990年3月同定年退職。退職と同時に東京女子大学名誉教授。
この間、1967年秋より東洋文庫を拠点に明代史研究会を開始[1]、1974年より『明代史研究』を独力・手書きでほぼ年刊で刊行。東洋史を中心とした日中学術交流にも尽力する。母校の東京大学、早稲田大学、明治大学など多くの大学で教鞭をとった[6]。
2005年6月24日、慢性膿胸症のため死去[2]。