山田淳
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兵庫県神戸市生まれ。灘中学校・高等学校、東京大学経済学部卒業。高校の同期に佐渡島庸平、岡村聡、立川裕二、伊藤弘毅がいる[1]。
中学時代にワンダーフォーゲル部に入り、大学入学後、本格的な高所登山を開始。一番簡単だったキリマンジャロから登る(1999年)。次に高度が課題となるアコンカグアへ挑戦し登頂。マッキンリーは2週間弱で登頂を果たす。その後エルブルースに登頂、帰りはシベリア鉄道で帰国し、少し休んでからコジウスコに登頂(以上2000年)。帰国後3日で南極に向かい、ビンソンマッシーフに登頂、次に日本人男性としては最初の登頂者(日本人としては 3人目)になった登攀要素が強いカルステンツ・ピラミッドを制覇(以上2001年)。
そして2002年5月17日、国際公募隊の隊員として、北東稜からエベレストに登頂。大陸の最高峰を2年半で踏破し、当時の七大陸最高峰登頂の最年少記録を更新(23歳9日)。七大陸最高峰制覇は、日本人としては6人目。また、世界で初めてノートパソコン「ThinkPad X23」を持って登頂。山頂でThinkPadの起動に成功した[2]。
最年少記録を樹立した後は登山ガイドとして活動し、富士山やキリマンジャロ、日本の南北アルプス、ネパール、チベット、マレーシアなどでガイドを実施。
その後、マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントとして働いた。