山田理
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岩手県立盛岡第四高等学校を経て青森公立大学を卒業。青森ケーブルテレビを経て、2005年9月1日、地元の岩手朝日テレビに入社。2015年4月1日、異動によりアナウンサー業務から離れ、2020年時点では営業職に就いていた[1]。
2021年に営業職の傍ら、高校野球中継の実況を一部試合で担当。同年10月にはアナウンサーに再配属され、6年半ぶりに『スーパーJチャンネルいわて』に復帰した。
趣味はドライブ、映画、デジタルカメラで、特技は声帯模写。目標・尊敬する人物は古舘伊知郎。好物は麺類とビール。好きな番組は『報道ステーション』と『アメトーーク!』。
好きな言葉は真理(しんり、名前の由来だという)。
2024年7月末でIATを退社し、自らの個人事務所として「株式会社M.A.P」を設立。2025年現在はフリーアナウンサーとして活動しているほか[2]、プロ野球選手の菊池雄星のマネジメントなども行っている[3]。
エピソード
津波接近時のテレビ朝日との中継
2011年3月11日の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)発生による『ANN報道特別番組』では中継が繋がる直前、東京から来るスタジオモニターの映像・音声(各地の津波到達予想時刻一覧)に思わず「何でここでその状況を伝えてるんですか! 今来てますよ、今来てますよ、津波が! 今到達してるよ、テレビ朝日!!」と、デスクを叩きながら怒鳴った(この時、テロップの背景は、ロボットカメラに捉えられた宮古湾に押し寄せる津波だった)[4][5][6]。この直後に、異常事態にようやく気づいた同局からマイクを渡され、怒りを抑えつつも、冷静に無人カメラを限界までズームアップさせ、「今すぐ避難を始めてください」と繰り返し呼び掛けた。
なお、山田自身は同局へ怒鳴った件について「正直驚きました。実は放送中の記憶があまりないんです。とにかく必死で。特番のVTRを見て、言葉を失いました。(岩手朝日テレビのような)小さい地方局がキー局のテレビ朝日に何を文句言っているんだという話ですよね。本当にすみませんでした」と謝罪し、「私はテレビ朝日を批判しているわけでもなければ、当時スタジオにいたアナウンサー(第一報を伝えた下平さやか、古澤琢など)を批判しているわけでもありません。あのような状況の下、どうしたらいいか考える上で、必死に訴えた」と述懐している[4][5]。また「何かあればこちらから情報を発信しようとモニターを注視していたら遠くに白い波が見えたんです。これはやばいと思いました。この映像を流さないと意味がない。自分がマイクを取れば、テレ朝のサブ調整室の人たちが聞いてくれるかもしれないと、あの言葉を発したと思います。細かい内容はほとんど覚えていません」と明らかにしている[7]。
この様子は同年4月29日放送の『ANN報道特別番組 つながろう!ニッポン』で全国放送された。またこの時の中継内容が「まさに渾身の報道」と高い評価を受け、同年のANNアナウンサー賞で大賞を受賞した[4][8]。