岡島一夫 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 1932年5月15日出生地 愛媛県没年月日 (2003-04-12) 2003年4月12日(70歳没)死没地 愛媛県松山市 日本の政治家岡島一夫おかじま かずお生年月日 1932年5月15日出生地 愛媛県没年月日 (2003-04-12) 2003年4月12日(70歳没)死没地 愛媛県松山市出身校 早稲田大学政治経済学部前職 愛媛県議会議員称号 政治経済学士 愛媛県今治市長当選回数 4回在任期間 1981年 - 1998年 愛媛県議会議員当選回数 3回在任期間 1971年 - 1981年テンプレートを表示 岡島 一夫(おかじま かずお、1932年(昭和7年)5月15日[1] - 2003年(平成15年)4月12日)は、日本の政治家。愛媛県今治市長。位階は正五位。 早稲田大学政治経済学部卒業。 代議士の秘書を経て、1971年に愛媛県議会議員に立候補し初当選を果たした。県議会議員3期目の途中で議員を辞職し、1981年に今治市長選挙に立候補した。市長選挙では現職の羽藤栄市を破り、初当選を果たした。 市長時代には学校給食での自校方式導入や下水道の普及、今治駅周辺の鉄道高架事業、今治港富田地区の整備などを進めた。 今治港富田地区の整備では織田が浜の埋立を巡って住民から反発の声が起こり、反対住民が公金支出差し止めを求め1984年に提訴した[2]。裁判は最高裁まで続き、1995年に最高裁が「埋め立てに違法性はない」との確定判決を下し住民側が敗訴した[2]。 市長の4期目の1997年には体力への不安や多選は好ましくないとの考えから引退を表明した[3]。後継者には今治市の総務調整部長などを務めた繁信順一を指名した。1998年の今治市長選挙では繁信を支援し、繁信は当選を果たした[3]。 2002年に勲三等瑞宝章を受章[4]。 2003年にすい臓がんで死去(享年70)[5]。死没日付をもって正五位に叙された[6]。 略歴 1955年 - 早稲田大学政治経済学部卒業。 1971年 - 愛媛県議会議員選挙に立候補し、初当選。 1981年 - 今治市長選挙に立候補。羽藤栄市を破り初当選。 1997年 - 次期今治市長選挙への不出馬を表明。 1998年 - 今治市長を退任。 2003年4月12日 - すい臓がんで死去(享年70)。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、371頁。 1 2 新せとうち学 - 中国新聞、2013年10月30日閲覧。 1 2 『朝日新聞』1997年9月27日朝刊「今治市長、今期限りで引退表明『体力に不安・多選よくない』」 ↑ 「2002年秋の叙勲 勲三等以上と在外邦人、外国人叙勲の受章者一覧」『読売新聞』2002年11月3日朝刊 ↑ 岡島一夫氏死去 前愛媛県今治市長 - 47NEWS(2003年4月12日)、2013年10月30日閲覧。 ↑ 平成15年 2003年5月20日付 官報 本紙 第3609号 8頁 表話編歴 今治市長官選 旧今治市長 片野淑人1920-1932 村上紋四郎1933-1938 大導寺元一1939-1941 阿部秀太郎1941-1943 沼田恒夫1943-1946 森秀夫1946-1947 公選 旧今治市長 森秀夫1947-1948 山本幸助1948-1952 村瀬武男1952-1953 田坂敬三郎1954-1962 羽藤栄市1962-1982 岡島一夫1982-1998 繁信順一1998-2005.1.15 今治市長 越智忍2005.2.20-2009.2.19 菅良二2009.2.20-2021.2.19 徳永繁樹2021.2.20- カテゴリ Related Articles