岡崎正也
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三重県河芸郡一身田村字上津部田(現・津市)出身[11]。岡崎源十郎の長男[1][7][12]。生家は代々農業を営む[8]。1878年、新潟英語学校に入り、在学2年で4ヶ年の課程を終え学業が大に進む[2]。1881年、大学予備門に入り、その後病気のため2年休学する[2]。1883年、家督を相続し、前名・源之助を改める[9]。
1886年、大学予備門の課程を終え1887年、高等中学法科を卒業する[2]。1890年、帝国大学法科大学を卒業[2][13]、法学士の称号を受く[12]。代言人免許を受け東京新組合代言人会に所属、1893年、弁護士法施行とともに弁護士となり、訴訟事務に従事する[10]。
民事及び行政訴訟を専門とする[3]。傍ら東京法学院、東京専門学校講師を兼ねる[8]。東京弁護士会の牛耳を執り、民法の大家(たいか)として知られる[9]。東京弁護士会から第一東京弁護士会が分裂してからは第一東京弁護士会に所属。