岡正光
From Wikipedia, the free encyclopedia
福島県立保原高等学校ではエース、四番打者として活躍。1965年夏の甲子園県予選で51イニングを投げ、27イニング連続無失点、奪三振75、失点2、自責点1、防御率0.18という記録を残す。東北大会に進み、決勝で磐城高に9回裏逆転サヨナラ勝ち、甲子園初出場を決める。大会では2回戦(初戦)で高鍋高の牧憲二郎と投げ合うが、完封負けを喫する[1]。打者の手元で大きく落ちるカーブを決め球とした。
貴重な左腕と期待され、ドラフト1位で大洋ホエールズに入団。しかし、一軍での登板機会が無いまま1968年に引退した。入団前に左肘を故障しており(しかも球団側は岡の故障を知らなかった)[2]、回復に努めたものの球威は戻らなかった。