岡田又三郎
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- 1933年 東京府立第一中学校(現・東京都立日比谷高等学校)卒
- 1940年 東京美術学校(現・東京芸術大学) 卒
- 1944年 寺内萬治郎と門下生が集まり武蔵野会を結成。
- 1953年 「教会への道」で日展特選
- 1960年から1963年まで渡仏し、1963年パリのル・サロン展銀賞受賞、同年サロン・ドートンヌ絵画部会員に推挙された[3]。
- 1964年 フランスアカデミー賞受賞
- 1965年 パリのル・サロン展に「冬の箱根」を出展し金賞受賞
- 1971年 「大地の詩」で芸術選奨文部大臣賞受賞
- 1976年 第7回日展出品作「ともしび」で司馬遼太郎、江藤淳らと共に日本芸術院賞受賞[4]
- 1983年 大宮駅の新幹線南コンコース壁面にルイ・フランセンとの合作で巨大陶板レリーフ「川の祭り」を作成[5]。原画を担当
- 1984年 軽井沢のアトリエで急性心不全にて死去
代表的な作品
- 冬の箱根
- 大地の詩
- ともしび など
脚注
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- ↑ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 2 (学術・文芸・芸術篇)』234頁。
- ↑ “岡田又三郎|洋画家|プロフィール|日本交通文化協会”. jptca.org. 2026年1月13日閲覧。
- ↑ 岡田又三郎 :: 東文研アーカイブデータベース 独立行政法人国立文化財機構 東京文化財研究所 2014年 より一部引用。
- ↑ 朝日新聞1976年4月6日(東京本社発行)朝刊、22頁。
- ↑ パブリックアート|JR大宮駅「川の祭り」(岡田又三郎)|日本交通文化協会
参考文献
- 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 2 (学術・文芸・芸術篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年。
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| 太字は恩賜賞受賞者。雅号、筆名、芸名等は受賞時のものによる。表記揺れによる混乱を避けるため、漢字は便宜上新字体に統一する。 | |||||||||