延暦10年(791年)讃岐国寒川郡人の外従五位下・佐婆部牛養らが以下理由により改姓を願い出て認められた。
- 牛養らの先祖は紀田鳥宿禰であり、その孫の紀米多臣は仁徳天皇の時代に周防国から讃岐国に移住し、のちに佐婆部首姓を名乗るようになった。一方、官職の就任や居住地に因む氏姓の賜与は古くから行われてきたことであるが、牛養らの居住地は寒川郡の岡田村にあることから、岡田臣へ改姓したい。
また、同時に牛養は大学博士に任じられている。のちに大学博士として空海に『春秋左氏伝』の講義をしたと伝わる[2]。
子孫には、長尾宝蔵院の住職であり菅原道真と親交があった明印法師がいる。